代替案

「あいつの頭の中身はともかく、状況はわかった」


 継承システムのセキュリティホールに納得したヴァンは、すっきりした顔で伸びをした。しかし、隣の婚約者はまだ困惑顔だ。


「待て、私はまだよくわからないんだが……」

「お前が俺の嫁なら問題ねーって話だ。お互い離れるつもりがないなら、これ以上気にする必要はねえよ」

「そうか、今までと何も変わらないんだな」


 ほ、とクリスは安堵のため息をつく。ヴァンもいつも通りにやっと笑い返した。

 ナチュラルにいちゃつくクレイモア夫婦うらやましい。


「とはいえ、あのキモいライオンを倒す方針はまだ決まってないんだけどなー」


 ヴァンがちらりとボス部屋を覗き込んだ。

 私たちがボス部屋に入るまではイベントが始まらないのだろう。不気味なライオンモンスターはお行儀よくボス部屋の真ん中に座っている。だからといって、あれを飛び越えて次の階層には行かせてもらえないけど。

 私は所持品ボックスから、今まで拾ってきたアイテムを取り出した。それぞれ種類ごとにヴァンたちの前に並べる。


「今まで治療はセシリアに頼ってきたから、アイテムに余裕はあるんだ。回復ポーションに薬草、それから各種状態異常回復薬もそろってる。威力は少ないけど、魔法攻撃できるスクロールとかもあるから、ヴァンたち三人がアイテムを使ってセシリアは魔法攻撃に集中する、って作戦はどうかな」

「悪くない、っつーかそこが現実解だな」


 ヴァンがダンジョン産の薬を手に取る。出どころは怪しいけど、システムメッセージ通りの効果が得られるはずだ。


「じゃあ、サヨコの作戦通り前衛と敵の牽制は俺たち三人、セシリアが魔法攻撃、ユラが最低限の援護。回復はアイテム頼り、ってことで進めるか。サヨコ、アイテムを配ってくれ」

「はーい」


 私は収納ボックスからアイテムを取り出してそれぞれに分けていく。今までため込んできた薬全部だから、結構な量だ。


「あー……モノがいっぱいあるのはいいんだが、数が多すぎるな」


 目の前に並んだアイテムを見て、ヴァンが顔をしかめた。

 確かに、どれも手のひらに収まる小瓶サイズとはいえ、ポーション十本に毒消し五本とか、控え目に言って邪魔すぎる。


「さすがにコレを全部制服のポケットに入れるのは無理かなあ」


 瓶を拾い上げながらケヴィンはへにゃ、と眉を下げる。


「薬の取り違えも怖えな。回復薬だと思って飲んだら、毒消しだったとか大事故だろ」


 ゲーム画面であれば、アイコン選択一発で使いたいアイテムを使いたいキャラに渡せてたけど、実際に瓶を配って運用しようと思うと面倒くさい。現実世界のユーザーインターフェイス、デザインセンス悪すぎか。

 ケヴィンが横から薬を種類ごとに分け直す。


「役割ごとに、持つ薬の種類を変えたら? 直接敵と切り結ぶ俺とクリスは、万が一のための回復薬を持つ。少し距離を置いて俺たちの指揮をとっているヴァンが、必要に応じて状態異常回復の薬を使う」

「まあそれが一番安全か……それでも持ちきれない分はどうすっかな。サヨコに持たせるとか?」

「わ、私?」


 突然話をふられて、私はぎょっとした。


「薬の種類はお前が一番よくわかってるだろ。必要に応じて所持品ボックス? だったか、そこから出して俺に渡すだけならできないか?」

「う~ん、難しい気がするなあ。走るの遅いし体力ないし。投げて渡そうにも飛距離もコントロールも、並以下だから」


 いまだにフィジカルパラメーターが全て一桁の私は、全くもって戦闘に向いていない。下手に戦いに介入したら足をひっぱりまくる自信がある。

 それを見て、クリスが神妙に頷いた。


「非戦闘要員を戦略に組み込むのは、不確定要素が多い。避けたほうがいいだろう」

「じゃあ、そこだけ僕が手伝おうか? 女神の使徒が選んだ薬を、対象者の側まで魔法で運ぶんだ。その程度なら、さほど貢献度を奪ったりしないだろうし」

「お前が……?」


 ヴァンを始め、全員が嫌そうな顔でユラを見た。

 確かに、ユラに仲介してもらえば薬運搬の手間は省けるだろう。ただ、戦闘で背中を預けるには、絶望的に信用できないだけで。


「ダンジョンから脱出したいのは僕も同じだからね。今までだって、戦闘中はしっかり協力してきたじゃない」

「俺たちがキャパオーバーになるまでハチの群れを釣っておいて、よく言う」

「それだって、結果的には経験値ボーナスになったじゃない。同じパーティーにいる限り、僕は味方だよ」

「……しかしな」

「これくらいは信用しようよ~」

「ユラ」


 しばらくじっと黙っていたセシリアが口を開いた。聖女に名前を呼ばれてユラの顔から笑顔がひっこむ。


「マンティコアとの戦闘の間だけでもいいです。イタズラせず、真面目にサポートしなさい」


 びり、とユラの首元が異音がした。解除不可装備『服従の首輪』が作動したのかもしれない。

 ユラはうやうやしくセシリアに頭をさげた。


「……愛しの君が望むのなら、仰せのままに」

「迷っていても仕方ありません。進むしかないのなら、悪魔の手も借りましょう」

「それもそうだな」


 私たちは覚悟を決めると、ボス部屋の中に足を踏み入れた。



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次の更新は3/2です!



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