成長チート
セシリアが自分も戦うと決めてからのダンジョン攻略は、びっくりするくらい順調に進んだ。
「おっと、三匹同時に登場だね。僕が順番にそっちに流すから一匹ずつ確実に倒して」
「はい!」
セシリアが返事をすると同時に、ユラがわざとスキを作る。彼が相手をしていたネズミ三匹のうち一匹がこっちに向かってきた。とはいえ、そのネズミの足取りはヨロヨロしていて、足元がおぼつかない。多分すり抜けざまにユラが何か弱体化の魔法を使ったんだろう。
セシリアは途中で見つけた幅広のマチェットを振ると、急所を一刀両断した。
命を刈り取られたネズミは、血しぶきひとつあげることなく、光の粒となって消えた。
「次いくよー」
ユラののんびりとした声が響いて、またネズミが向かってきた。デバフが弱いのか、さっきのネズミより勢いがある。でもセシリアは危なげなくまた急所を切り裂いた。
「じゃあ最後……」
「そのまま抑えていてください」
セシリアは最後に一匹だけ残ったネズミに視線を移す。狙いを定めるように、マチェットの先がネズミにつきつけられた。
集中する彼女の周りの空気が、すうっと研ぎ澄まされていく。
何度目かの呼吸のあと、彼女は小さくつぶやく。
「……そこ」
ぴん、とマチェットの先で何かを軽く小突くような仕草をした瞬間、ネズミはこてんとその場に転がった。他のネズミと同様に光となって消えていく。
「セシリア、今のって……」
「ユラの魔法を真似てみました」
やっぱりそうか。
「初めてにしては上手だよ、さすが僕の愛しの君」
「でも、まだまだですね。実戦で使うには、集中に時間がかかりすぎます」
「そこは慣れだね。次から重点的に練習していく?」
「……そうしましょう」
いやいやいや、いくら聖女っていってもセシリアの成長スピード早くない?
マチェットで雑魚敵を瞬殺した上に、ユラの即死魔法までコピーってどうなの。
まだ攻略を始めて一時間くらいしか経ってないんですが。
ここはまだ第一階層なんですが。
覚悟を決めた成長チート聖女つょい。
しかも、教師役のユラがまたチートなんだよね。
口調は今まで通り軽いんだけど、戦闘指導に手抜きはなかった。セシリアが傷つかないよう最大限配慮しつつ、彼女が倒せるギリギリの範囲の敵を与えてとどめを刺させる。時には自分が壁となり敵集団を押さえ、時には強敵に魔法をかけて弱体化させて。さながら、子供に狩りを教える親狼のような丁寧さだ。
「今はネズミ程度だからさばきやすいけど、この先って何が出てくるの?」
「第一階層は大型化した獣がメインかな。第二階層に行くとスライムとか歩きキノコとか状態異常スキルを持ったモンスターが出てくるよ。第三階層までいくとガーゴイルとかハーピーとか、さらに複雑な動きをする奴が多くなってくるね」
「ふうん……そう考えると、この階層で基礎を固めたほうがいいかな」
「ユラがそう思うのならそうして。どっちみち機能解放のための討伐ポイントを稼がないといけないし」
「はいはい」
「でも、ユラとしてはセシリアが強くなっていいの? 敵側から見たら都合が悪いと思うんだけど」
「この程度は問題ないよ。相手が弱すぎてもつまんないし」
「……っ」
だから、なぜお前はいちいちセシリアに喧嘩を売るのか。厄災だからなのか。
「それに、どのみち聖女様を強くして機能解放しないと、外に出られないしねえ」
「ハックする能力があるのですから、ご自分ひとりで脱出できるのでは?」
「それは無理かなー。さっきも言ったけど、システムに干渉されてかなり能力をはく奪されてるんだよ。今の僕はダンジョンをさまよう探索者としての自由しか許されてない」
「それは、よかったって言うべきなのかな……」
割と判断に困る状況だ。
「では、せいぜい真面目に指導することですね」
「おおせのままに、お姫様」
うやうやしく頭をさげるユラは、腹が立つくらい優雅だった。
こういう時だけ王子様スキルを発揮すんのやめろ。
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