挑発

 実技担当の若い教師は、苦笑しながらフランに声をかける。


「ランス家のお坊ちゃんは、騎士科の訓練じゃ生ぬるすぎて話にならんのだと。ここは一度、騎士科のカリキュラムをきっちりこなした卒業生の実力を見せたい」

「そういう生意気な生徒を指導するのがお前の仕事じゃないのか?」

「できなくはないけどさあ、俺じゃいつもと同じ説教になるだろ。たまには新しい刺激もいれないと。同期を助けると思って、手を貸してくれよ」

「……俺は職務中だ」

「シュゼット様の警護っていっても、ここは学園だろ。側にクリスもリリアーナの護衛もいるんだ。ちょっとくらいお前が抜けても問題ないって」

「騎士が職務放棄を勧めるんじゃない」

「頼むよ、後で一杯おごるから!」

「彼の指導は、本当に有益なんですか?」


 押し問答をしているフランと教師に、妙に明るい声が割って入った。見ると、黒髪の異邦人がクスクスと笑っている。


「いろいろ理由を並べてらっしゃいますが、ただヘルムートに負けるのが嫌で戦いを拒否しているのでは?」

「おい……」


 失礼すぎる物言いに、教師の顔色が変わる。私たちのすぐ隣でも、シュゼットとセシリアが顔をひきつらせた。しかしユラは止まらない。


「聞けば、フランドール殿は卒業後どこかの領地の補佐官をされていたとか。デスクワークばかりの生活を送って、腕がなまっていらっしゃるのでしょう」


 ざわっと生徒たちに動揺が走る。騎士科を優秀な成績で卒業した生徒が、その後職務に追われて腕前を鈍らせるのはよくあることだからだ。実際、フランは卒業後武芸に関わる実績をあげていない。

 フランがミセリコルデ宰相の息子であり、学園の主席卒業生だと知っている生徒たちは表立って何も言わなかったが、視線は疑念を表していた。


「先生……もういいです……」


 ヘルムートが引き下がる。年上の高位貴族に喧嘩を売るのは得策じゃないって思ったんだろう。でもその声はふてくされていて、全然納得している顔じゃなかった。

 表面上は収まったように見えるけど、これって絶対よくない状況だよね?

 腕に自信のない先輩のために矛先を収めた後輩みたいな構図になってるんだけど!

 勝手にフランの評判を落とさないでくれるかな?


「……はあ」


 フランが大きくため息をついた。その眉間には深々と皺が寄せられている。


「人がおとなしくしていれば、どいつもこいつも好き放題……こっちがどれだけ我慢していると思ってるんだ」


 彼は上着を脱ぐと、隣にいたフィーアに渡した。その瞳には凶悪な光が宿っている。

 ここしばらく表には出してこなかった、魔王モードのフランだ。


「いいだろう。軽く稽古をつけてやる」

「おお……やってくれるなら、ありがたい。じゃあヘルムートとフランはこっちに来て……」

「そんな段取りは不要だ。ヘルムートひとりでは準備運動にもならん。全員まとめて相手をしてやるから、かかってこい」


 あからさまな挑発に、今度はヘルムートの顔色が変わった。

 知らないぞー。

 普段はすました顔をしているから冷静に見えるけど、実は結構大人げないからな、その男。


「せ……先生、まとめてかかってこいって……ど、どうすれば……」


 まさか数十人もの生徒がひとりに襲い掛かる訓練など、やったことがないのだろう。生徒が怯えるような視線を教師に向けた。しかし教師は楽しそうに笑い出す。


「言った通りだ。全員好きな武器を持ってフランに打ち込め。心配すんな、どうせ当たらないから」

「マジで?」

「いやでも武器を好きに選んでいいっていうんなら、ヘルムートは……」


 生徒たちの視線がヘルムートに集まる。彼は今まで使っていた木製の片手剣を置くと、木製の模造武器がしまわれた箱から1.5メートルほどの棒を取り出した。槍術の練習用に作られた、模造刀ならぬ『模造槍』だ。

 それを見てまた生徒たちがざわつく。

 ヘルムートの家名はランス。彼らは名前の通り幼いころから槍術を叩きこまれて育つ。

 当然ヘルムートも剣より槍が得意だ。

 しかし、槍が得意なのはヘルムートだけではない。

 フランもまた木製の槍を手にして、軽く構えた。


「来い。それとも何か? 騎士科の生徒は腰抜けの集まりか」


 フランの台詞を聞いて、生徒のひとりが木剣で切りかかる。それを皮切りに、乱戦が始まった。


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次の公開は12/13です!

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