騎士物語

「始めるぞー」


 教師の号令で騎士科の訓練授業が始まった。

 キラウェアからの留学生も交えた生徒たちは整列して、教師の指示に従って体を動かし始める。彼らは一糸乱れぬ姿で剣の型をなぞっていく。

 それを見てシュゼットは目を輝かせた。


「まあ……剣術の訓練を見たのは初めてですが、そろって剣を振る姿は美しいですわね」

「今訓練しているのは二年生だからな。型を熟知しているぶん、全員でそろえやすい」

「一年のときは、全員で同じ動きをするだけでも苦労してたもんねえ」

「各家でそれぞれ訓練を受けていても、学校の授業はまた別物だ」


 見ているうちに、型の稽古は終わったらしい。

 彼らはグループに別れると、模擬剣を使って打ち合いを始めた。実戦に近い形式のせいか、あちこちで剣のぶつかる鋭い音が響きはじめる。


「先ほどの型の訓練は、剣を振る姿で良し悪しがわかりましたけど……、こんな風にばらばらに戦っていると、誰がどう強いのかはわかりませんわね」

「評価しようと思ったら、見る側にもそれなりの経験が必要ですからね。私も大まかな腕はわかりますけど、細かい評価は無理です。クリスくらい経験がないと」

「クリスティーヌ様から見て、彼らの中で誰がお強いんですか?」


 シュゼットが尋ねる。彼女は深い紫の瞳で稽古する少年たちを見つめた。


「この学年なら、ジャスティン、カイル、ベルモード……オリヴァー王子も強いほうだが、覇気がちょっと足りないかな。あと身内びいきになるかもしれないが、ヴァンとケヴィンも実力を上げてきたと思う」

「夏休み中、みっちりしごかれてたもんね」

「しかし、何といってもヘルムートだな。彼は他の生徒たちより頭ひとつぶん抜けて強い」


 クリスはいつも王子に付き従う、アッシュブラウンの生徒の名前を挙げた。


「まあ……彼が?」


 意外だったんだろう、シュゼットが目を丸くする。ヘルムートの仕事は王子の後ろに立ち、常にサポートすることだ。彼自身が注目されることはあまりない。

 でも私たちが目を向けた先で、ヘルムートは自分より体格のいい生徒をいともたやすく打ち負かしていた。よくよく見れば、周りの生徒に比べて彼の太刀筋がひと際鋭いことがわかる。

 それもそのはず、彼だって攻略対象のひとり。聖女の伴侶となる可能性のある勇士のひとりだからだ。

 ヘルムートのルートを一言で表すなら『騎士物語』だ。

 彼の実家ランス伯爵家は、クレイモアと並ぶ騎士の名門だ。西の国境を守ると同時に、多くの騎士を排出し王国騎士団を支えてきた。代々伯爵家の男子は国境警備の任につく前に王国騎士で修行する習慣があり、ヘルムートの兄、次期ランス家当主も数年前から王国騎士第一師団に入っている。ゲームではこの時に汚職騎士マクガイアに取り込まれ、自身も汚職に手を染め王妃派の傀儡となっていた。犯罪者となった兄を告発しランス家と騎士団を正常化するのがヘルムートルートのメインテーマだ。


 そんなルートはとっくの昔に全部消し飛んでいるんだけどね!


 五年前に宰相閣下が告発したことにより、マクガイアは失脚。最強騎士ハルバード侯爵が第一師団長に就任して、騎士団は正常化してしまった。ヘルムート兄の入団はその後なので、汚職に関わるタイミングなんか存在しない。王妃派になるどころか今ではすっかり父様の忠実な部下だ。ランス伯が彼に代替わりしたら、現存する勇士七家は全て宰相派になってしまうだろう。

 結果、ヘルムートは活躍の機会を失い、ただ日々を王子の腰巾着として過ごしている。

 兄になりかわりランス家当主になるチャンスが消失したのはかわいそうだけど、もともと彼は次男だ。立身出世はどこの貴族家の少年でも負う苦難である。王子の側近としてチャンスが与えられているぶんだけ、他より恵まれているだろう。

 だから、彼には頑張ってもらいたいんだけどね。

 去年の学年演劇の事件での様子を聞いた限り、かなり努力しないとだめっぽい。いくら勇士七家が頑張っても、王室関係者がしっかりしないと結局国が病んでしまうので、頼むからしっかりしてほしい。


 そう思いながらヘルムートを観察していると、彼の動きがおかしいことに気が付いた。


「リリアーナ様、騎士の訓練は厳しいと伺っておりましたけど、あのように激しく切り結ぶものなのですか?」


 シュゼットが不安そうに私を見上げてきた。


「いえ……ヘルムートのあれはちょっと激しすぎる気がします」

「相手の実力にあわせた動きをしてない。あのままじゃ怪我人が出るぞ」


 彼の戦いぶりに、クリスも眉をひそめる。

 案の定、教師がヘルムートたちの間に入り、指導を始めた。何やら説教をしてヘルムートが反論しているみたいだ。はらはらしながら見守っていたら、急に教師がこっちを向いた。


「フランドール! 立ってるだけで暇だろ? ちょっと手伝ってくれよ!」

「……俺?」


 私たちの後ろでひっそりと立っていた青年が、嫌そうに眉間に皺をよせた。



=================

次の更新は12/10です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る