聖女と厄災
ベンチに座る私たちの前に、ストロベリーブロンドの美少女と黒髪和風美青年がやってきた。彼らは仲睦まじく手をつないでいる。しかもただの手繋ぎじゃない。指と指をからませる、いわゆる『恋人繋ぎ』というやつだ。
「御託はいいですから、いいかげん手を離してください」
「はあ……僕の手はまだあなたのぬくもりを感じたがっているんだけど」
「私の手は解放されたがっています。離して」
セシリアがじろりと睨むと、ユラはやっとセシリアの手に絡ませていた己の手をほどいた。それから私たちに目を向ける。
「おや、この授業は女子の見学が許されているのか。いいなあ……私もあんな風に見守られていたら、『おとなしく真面目に』授業が受けられる気がするんだけどなあ」
「……さっさと行きなさい」
「えー」
「そこで見てますから」
「ありがとう、愛しい人」
ちゅ、とセシリアの手にキスするとユラは上機嫌で男子生徒に混ざっていった。その姿を見送ってから、セシリアは大きなため息をつく。
「あああああもうあの男は……」
「だ、大丈夫? セシリア」
「疲れました……」
ベンチの端をあけると、セシリアはぐったりとそこに座り込む。
「何があったの」
「研究棟の奥に入り込もうとしていたので、阻止していました。手をつないで案内してくれないと、訓練場に戻れないと駄々をこねられて……」
それであの恋人繋ぎになったらしい。
ユラがこの学園に現れてから、新たに加わった日常のひとつがこれだ。甘い言葉を囁きながら挑発するユラに、キレて追いかけるセシリア。ユラの正体が正体なだけに、無視することもできず、セシリアはずっと振り回されっぱなしだ。
「あの者はまた……! 女子生徒に何度もからむなんて、私のほうから処罰しましょうか?」
「いいえ……目の届かないところに行かれると、かえって困りますので……」
憤慨するシュゼットをセシリアが止める。
何せ相手は規格外の魔力を持つ規格外な存在だ。カトラスでは魔力だけの力技で何十人もの人間を消し炭にしたこともある。こんな危険人物を下手に放り出すわけにはいかない。同レベルの規格外な力をもつセシリアが監視して動きを封じるのが最適解だ。
そのはずなんだけど。
ユラのほうは、どうもこっちの事情をわかった上で、セシリアを連れまわして喜んでるっぽいんだよなあ。
君たち宿敵同士なんじゃないのか。
ユラが甘いセリフを吐くたびに、セシリアのストレスがたまっていくから、嫌がらせとして最適解だとは思うけど。
「彼と約束してしまいましたし、私もここで訓練を見学していきます」
「お疲れ様、ゆっくり休憩していって」
はあ、とセシリアがもう一度ため息をつく。
助けてあげたいけど、ユラの力は一般人では太刀打ちできない。うちの優秀な魔法使いジェイドが魔力勝負でかろうじて対抗できるかどうか、ってところだ。それだって魔力勝負に限った時だけの話で、そこに規格外の身体能力まで加わったら、確実に負ける。
今のこの平穏は、ユラの気まぐれとセシリアの努力で成り立っている。悔しいことに。
「せっかくだから、セシリアも一緒に訓練を分析しよう」
「それもそうですね……」
クリスの提案にセシリアが頷く。
「セシリアさんも、剣術を学んでいらっしゃるの?」
「いえ……経験はありません。ですが、だいたいのことは見れば真似できますから、この機会に覚えておきましょう」
「えっ」
「あの男に対抗するには、物理手段を身に着ける必要があります」
生徒たちを見るセシリアの緑の瞳には暗い光が宿りつつある。
やばい、結構本気だ。
もともとひきつっていたシュゼットの顔が、さらに引きつる。
「ハーティアって実はすごくワイルドなお国柄なんでしょうか……?」
しまった、否定できねえ!
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