勇士不在

 シュゼット姫と並んで歩きながら、私は西国事情を考える。


「あまり交流できてないのは……やっぱり三十年前の戦争の影響でしょうか」


 うちの国では『キラウェアからの侵略戦争』と記録されている出来事だ。最終的に先代ランス家当主率いるハーティアが勝利して国土を守り抜いた。その後の和平策のひとつとして、カーミラ第三王女を王妃に迎えている。

 しかしシュゼットは首を振った。


「いえ、むしろ戦後は交渉のために両国の高官が頻繁に行き来していました。今よりずっと多くの情報が交換されていたようです」

「じゃあ、どうして……?」

「ダガー家の不在が原因でしょう」


 後ろで影に徹していたフランが口をはさんだ。私たちに振り向かれて、説明を始める。


「我ら勇士七家は国家に対して大きな役割を持っています。政治を司るミセリコルデ、南部諸侯をまとめるハルバード。ダガー家は外交手腕に長けた者が多く、各国の窓口として活躍していました」

「ダガー家は没落して断絶したって話よね?」


 私の問いにフランは頷く。


「二十年ほど前になるでしょうか……ダガー家当主一族が若くして亡くなる不幸が続き、傍流のフェルディナンド・ダガーが伯爵位を継いだのです。しかし彼も子に恵まれず……結局十年前に病死して断絶となりました」

「どなたか養子を迎えられませんでしたの?」


 こてん、とシュゼット姫がかわいらしく首をかしげる。

 貴族家を維持するために、血の繋がらない後継者を迎えるのはよくある話だからだ。

 でもハーティアではそうもいかない。


「それは無理ですね。ダガーは勇士七家のひとつですから」

「勇士だから……?」


 シュゼットはまだぴんときてないらしい。私も説明に加わる。


「王家と勇士七家は、女神に与えられた『白銀の鎧』と血の絆で結ばれています。だから、絆ある者……当主の血統とある程度以上近くないと、後継資格が得られないんですよ。これは明確にハーティア国法にも書かれています」

「……伝説上のお話ですよね?」

「我が国では聖女が恋の力で厄災を封じたという伝説が、事実として扱われます」

「本気で……?」


 シュゼットは目を丸くする。

 あれが絵空事だったらよかったんだけどねー。ほぼ事実な上に、他人事じゃないからシャレにならない。


「シュゼット様、真にこの国と親しくしたいのなら、建国神話を否定してはいけません。おとぎ話のようでも、国のアイデンティティーですから」


 フランが静かに忠告した。

 確かに、隣国王女が公の場で神話を否定したらヤバい。シュゼットも危うさに気が付いたのか、こくこくと頷いた。

 こういうところは素直なんだよね。


「とにかく、ダガー家不在のせいで国交がうまくいってないのね。あれ? だとしたら、今現在キラウェアとの外交窓口になってるのはどこなんだろ?」

「……西の国境を預かるランス家ですね」

「あー……」


 フランから答えを聞いて、私は頭を抱えたくなった。

 キラウェアと一番近い場所にいるんだから、外交窓口になるのは当然の話だけどねえ。カーミラ王妃を批判できず、王家の言いなりになってる家に外交手腕は期待できない。

 シュゼットも思うところがあるらしい。おずおずと小さな口を開く。


「確かにランス家の方々にはお世話になっているのですけど……私は、両国の交流はもっと自由でいいと思います。フランドール様のご実家の宰相家もそうですし、王家とも直接やりとりができれば……」


 そう言って、私を見つめる。

 なるほどー外交窓口を増やすなら、より影響力のある貴族と繋がりたいよね!

 次期王妃とか絶好の相手だよね!

 でも、君が一番仲良くなりたいと思ってるご令嬢は、何が何でも王子との婚約を破棄するつもりでいますからあああああああ!


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次の更新は11/24です!



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