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「情報共有を求めます!」


 消灯時間も過ぎた深夜、私はこっそり女子寮を抜け出して、魔法の師匠ディッツが管理する研究室にやってきた。

 私が来ることは予測していたらしい。女性教師『ドリー』に変身したフランが、眉間に深い皺を寄せて出迎えてくれる。ちなみに家主のディッツの姿はなかった。振り向いたら、いつの間に移動したのか、ここまで護衛してきたフィーアの姿もなかった。痴話げんかはふたりでやれ、ってことなんだろう。


「……王妃にねじこまれた」

「でしょうね!」


 わかってはいたけどね!

 どうしてくれよう、この胸のモヤモヤ感!


「宰相家として、正式に断るつもりだったんだが……受け入れ直前に加わった留学生、ユーライア・アシュフォルトの出自がひっかかってな」

「あー」

「推薦者が王妃な上、容姿があの第六王子そっくりと聞いて放置できなかった。たとえ波風が立つとしても、アテンド役として留学生たちの間に入る必要がある」

「まあ……実際ユラだったわけだから、その判断は間違ってはないわよ」


 ドリーの青い瞳が私を見つめる。

 女の姿だから、いつもより身長差が少ない。


「立場上、シュゼット姫のエスコートをする機会は多くなるだろう。だが、これはあくまで調査のためだ。どんなに距離が近く見えても、俺が彼女に心を傾けることはない。だから……」

「そこは疑ってない」


 食い気味に断言すると、フランは目を丸くした。


「フランみたいな愛情激重執着タイプが、そう簡単に心変わりするなんて思ってないわよ。私と王子がキスする姿が見たくないからって、王立学園を巻き込んで侯爵令嬢誘拐未遂事件起こすような男が、浮気するわけないじゃない」

「まあ……そうだが」


 フランは困惑した表情で私を見つめる。

 だったら、どうしてフランがシュゼットをエスコートしているのを見て怒ってたんだって話になるもんね。


「わ……私が……その、キレてたのは……たぶん、羨ましかったからなんだと思う……」


 言葉にしてから、実感する。

 あの時感じた嫉妬心は、フランの気持ちを疑ったからじゃない。

 彼女がただの女の子として、当たり前の恋人候補としてフランの手を取って歩いていたからだ。

 王子からのプロポーズがなければ、あの場所に立っていたのは私だ。私の場所に立って、私のフランの手を取って屈託なく笑う姿が、羨ましくて妬ましくて、腹が立ってたのだ。


「自分でも、ちょっと理不尽だな……とは思ってるの。シュゼットには関係ない話だし……だいたい、こんなことでいちいち怒ってたら、公式行事で王子が私をエスコートする姿を見せられてるフランはどうなるんだって話だし」

「そこは怒っていいんじゃないか。俺もお前を連れてる王子を見たら、『殺すぞクソガキ』くらいは思ってる」

「マジか」


 大真面目に告白されて、私は思わず吹き出してしまった。


「私たちって、変なところで似た者同士なのね」

「そのようだ」


 ドリーはほっそりとした手で私の頭をなでる。


「お前に負担をかけることになるが、少しだけ我慢してくれるか」

「……できるだけがんばる」


 東にも西にも火種を抱えているこの国では、キラウェアとの外交は大事なことだ。留学中は、しっかりシュゼットを接待する必要がある。


「でも、あとでちゃんと甘やかしてよね!」

「もちろんだ」


 そう言うと、ドリーはふっと口元を緩ませた。


「今日は、女の姿で会いに来て正解だったな」

「いつも以上に人の目があるからねえ。……って、何か違う意味で言ってる?」


 女に変身している男は、にいっと口の端を吊り上げる。


「男の姿の時にさっきの台詞を聞いていたら、立場も後先も考えずに、手ひどく可愛がっていただろうからな」


 ちょっと待て。なんだその言いまわし。

『手ひどく』なんて修飾語、可愛がるって動詞につけるようなものじゃないと思うの。

 いろいろ問題を片付けて、無事に王子との婚約が破棄されたとして……私はその後、この男からどんな目に合わされるんだろう。

 今更、ちょっと怖くなってしまった。



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