傷心王子
王子とヘルムートは、学園の入り口までやってくると馬車留めの前で止まった。警備の騎士や職員と何やら打ち合わせを始める。
彼が代表して留学生たちを出迎える段取りのようだ。
相手はキラウェアのお姫様だ。王族が対応するのが筋ってことなんだろう。
……だとすると、私も王子の婚約者として隣に並んだほうがいいんだろうか。
王子に視線を向けたら、ちょうど彼と目があった。軽く首を傾けて『行きましょうか?』と意思表示すると、彼は軽く片手を上げる。簡単だけど拒絶の仕草だ。来なくていいってことらしい。
「いいの?」
ケヴィンが不思議そうに私を見る。
「王子がいいって言うなら、そうなんでしょ」
学年演劇の上演日、私が誘拐されかけた事件の日から、王子の態度はずっとこんな感じだ。特に用事がない限り、一切声をかけられない。公式行事でエスコートする時でも最低限の接触しかしないし、口を開いても挨拶的な定型文しかしゃべらない。
でも、避けられてるのは私だけじゃない。王妃派の貴族も宰相派の貴族も学園の同級生にも、側近のヘルムートにさえもこの調子なのだ。
笑顔の仮面をかぶってただ黙々と公務をこなす彼は、プログラムに従って動くロボットみたいだ。私は楽だけど、周りとこんなに距離をとってて王子業に支障が出ないのかちょっと心配になる。
あの日何かがあったっぽいんだけど、詳しいことはわからないんだよね。
誰かが踏み込んだほうがいいのかもしれないけど……そうするには彼の傷を丸ごと抱える覚悟が必要だ。既にフランを選んでしまった私がやることじゃない。
誰かが彼の心に触れることを期待して見守るしかないのが現状だ。
人間関係って、難しいね!
「あいつまた面倒くせえことになってんな……。まあ、暴走して変なことを始めるよりはマシか?」
ヴァンが嫌そうに顔を歪める。まあまあ、とケヴィンがその肩を叩いた。
「王子は今、静かに考えるべき時期なのかもしれない。同じ寮で生活する俺たちのほうが顔を合わせる時間が多いし、見守ってあげようよ」
「お前、あの事件の時一番キレてたじゃねえか。よくそんな風に思えるな」
「反省して行動を改めようとしている人まで、見捨てたりしないよ」
にこにこと笑っているケヴィンの言葉に嘘はない。
なんだこの徳の高い生き物。
「ケヴィンって実は菩薩様の生まれ変わりじゃないの」
「ボサツ……?」
「あ、ごめん。ええと……慈悲深いなーって思っただけ。あ、見て見て! 留学生たちが到着したみたいよ!」
ガラガラと音を立てて、何台かの馬車が列になって学園に入ってきた。
外国製らしい馬車は、デザインも描かれた紋章もハーティアとはセンスが違う。しかしどれも一流の職人が手掛けた立派なものだ。キラウェアの国力の高さの表れだろう。
生徒たちがじっと見守るなか、馬車列は馬車留まで入ってきてぴたりと止まる。
御者たちが手際よく馬車を固定し、踏み台を準備する。
ゆっくりと馬車のドアが開き、中から男性がひとり出て来た。
上質な騎士服を着た、背の高い男性だった。すらりと手足の長い、一目見て騎士とわかる鍛えられた体。怜悧なナイフのように研ぎ澄まされた美貌の目元には、特徴的な泣きボクロがあり、独特の色気を醸し出している。
彼の姿を見た瞬間、特別室組の生徒全員が思わず息をのんでしまった。
あのー、これはどういうことですか?
何故! キラウェアのお姫様の馬車から、ミセリコルデ家の長男が出てくるんだよっ!
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