シュゼット姫
外国の馬車から出て来た自国の高位貴族の姿を見て、生徒たちが茫然とする中、フランドール・ミセリコルデは馬車を降りると優雅に後ろを振り返った。馬車の奥に乗っている誰かにそっと手を差し出す。彼にエスコートされて、新たに姿を現したのはドレス姿の美しいお姫様だった。
王妃カーミラによく似た、明るいブロンズ色の髪に青緑の瞳。顔も手も小さく繊細で、愛くるしいお人形みたいな女の子だ。
彼女はフランに手を引かれて王子の前まで来ると、お手本みたいにキレイな淑女の礼をとった。
「お初にお目にかかります。キラウェア国王の三女、シュゼット・キラウェアと申します。お会いできて光栄です」
「あ……ああ、丁寧なごあいさつ、ありがとうございます。私はハーティア国王の第一子、オリヴァー・ハーティアです。王立学園はあなたを歓迎いたします」
オリヴァーも礼を返し、その周りで見守っていた私たちも一斉に頭を下げた。
社交的な挨拶を経て、オリヴァー王子とシュゼット姫は微笑みあう。
「よろしくお願いします。私、ハーティアの文化にとても興味がありましたの! ここで学ぶ機会が得られて、とても嬉しいです」
「左様ですか。それで、ええと……彼は何故ここに?」
さすがに黙ってはいられなかったらしい。王子は学生たちが一番気になっていたことを尋ねた。
「カーミラ叔母様のはからいですわ。慣れない異国での生活は、何かと不便なことが多いだろうから、と留学中のアテンド役として彼を遣わしてくださったの」
「……そうですか」
フランは無表情で説明を付け足す。
「王立学園の卒業生のうち、シュゼット姫の接待ができる高位貴族という条件で選ばれたそうです」
ふーん、そうなんだー。
この国の高位貴族の子女は、だいたいが王立学園の卒業生だ。わざわざ7つも年上の異性を呼ばなくても、ケヴィンのお姉さんたちとか、マリィお姉様とか、もっと波風の立たない人材はいくらでもいたと思うけどねー?
断言していい。
この人選、絶対王妃の悪意だろ!
無理やり王子と婚約させられて、ただでさえストレスがたまってるっていうのに……恋人がかわいいお姫様をエスコートしてるのを見せつけられるとか、何の拷問だよ!
ふざけんな! その男の手は私のものだ!! って叫んで暴れてやりたい。
でも、ハルバード侯爵令嬢であり、王子の婚約者であるという立場がそれを許してくれない。
必死に顔を作ろうとしていると、ぽんと両側から肩を叩かれた。
「リリィ、落ち着いて」
「私たちはわかってますからね」
クリスの紫の瞳と、セシリアの緑の瞳が私を心配そうに見ていた。
理解のある女友達最高……!
腹が立つ状況は変わらないけど、味方がいると思えば少しは落ち着ける。大丈夫、まだ侯爵令嬢として笑顔の仮面をつけるくらいの余力はある。
とにかく、この出迎えセレモニーを乗り切ろう。
八つ当たりして暴れるのはその後だ。
息を整えているうちに、王子と王女の社交辞令はつつがなく進み、王女以外にも数名の貴族が馬車から降りてきて自己紹介を始めた。全員キラウェアのそれなりの地位の貴族子弟で、能力が高いらしい。
まあ、こんな外国に王女がひとりでやってくるわけないよね。
学生とは言ってるけど、中には護衛や使用人として来てる子もいそうだ。
「この学園には、貴国の重要なお家の方も多く通っていると聞きましたわ」
「ええ。では主だった者をご紹介しておきましょう」
今度はこっちの学生紹介らしい。
視線を向けられて、私たち特別室組の生徒は一歩前に出る。
「ええと、銀髪の彼が……というと、紹介し辛いな」
ヴァンもケヴィンも、同じ銀髪に紫の瞳で学年も一緒だからねえ。状況を察したヴァンが率先して略式の騎士の礼をとる。
「私は、クレイモア伯爵家嫡男、シルヴァン・クレイモアです」
その隣でケヴィンも礼をとる。
「私は、モーニングスター侯爵家嫡男、ケヴィン・モーニングスターです」
「よろしくお願いします。おふたりはよく似てらっしゃるけど、ご兄弟ではないのですよね……?」
姫君の疑問にヴァンがにこりと営業スマイルを浮かべて答える。
「私の母がモーニングスター家の出身なのです。そして、私の婚約者であり、国王の妹でもあるクリスティーヌ・ハーティアの母も、モーニングスター家出身。私たち三人は全員が親戚関係にあります」
「まあ、そうなんですね……!」
名前を出されたクリスが前に出て、同じように騎士の礼をとる。
流れでお辞儀してるから誰もつっこんでないけど、スカートの時は淑女の礼をしなくちゃダメだと思う。私もつっこめないけど。
「それから、クリスティーヌ叔母様の側の、ストロベリーブロンドの女子が、セシリア・ラインヘルト子爵令嬢です。全ての科目でトップに立つ、とても優秀な生徒です」
「よ、よよよ、よろしくお願いします」
クリスの隣でセシリアも騎士の礼をとった。
慌てたせいで思わず真似してしまったっぽい。落ち着け、聖女。
「そんなにすごい方と一緒に学べるなんて光栄です」
「そして、その隣にいるのが……」
王子はそこで言葉を切った。
最後のひとりは自分で名乗れ、ってことらしい。私は一歩前に出ると、丁寧に淑女の礼をとった。
「ハルバード侯爵家長女、リリアーナ・ハルバードです。オリヴァー王子様の婚約者でもあります」
「レディ・リリアーナ様! あなたがそうなんですね? ずっと、お会いしたいと思っていたんです!」
私は、会いたいとは思ってなかったけどね?
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