新学期
「リリィ、ただいま!」
ばん、と元気よくドアをあけてクリスが女子寮最上階特別室の専用サロンに飛び込んできた。フィーアと一緒にのんびりお茶を飲んでいた私は笑顔で彼女を迎える。
「久しぶりね。夏休みは楽しかった?」
「ああ。クレイモアで朝から晩まで、思いっきり鍛錬してきた!」
にっこり笑う彼女の頬は、健康的に日焼けしている。
お姫様が真っ黒になるまで鍛錬三昧とかいいのか……とちょっと思わないでもないけど、元気に運動するのがクリスだ。楽しかったのならそれでいいんだろう。婚約者のヴァンも止めなさそうだし。
学年演劇の上演日に侯爵令嬢が誘拐されかける、という大事件が起きてから二か月。長い夏の休み期間を経て私たちはふたたび王立学園で新学期を迎えていた。
王立学園の寮は入寮開始の昨日から学生やその関係者でごったがえしている。
「今回はクレイモアみやげもたくさん持ってきたんだ。あとでリリィにも分けてあげるね」
「それは嬉しいわね。……あら、その髪飾りは?」
クリスは美しい銀髪をひとつにまとめて、銀細工のアクセサリーをつけていた。装飾品を嫌う彼女にしては珍しい。指摘するとクリスはにこっと嬉しそうに笑う。
「いいだろう、お気に入りなんだ」
クリスがアクセサリーをつけた上に、お気に入りだと? ファッションに一切の興味を示さなかった脳筋少女のクリスが? いや待て、婚約者の次期クレイモア伯からのプレゼントとか、そういうオチかもしれない。
クリスは上機嫌でアクセサリーを外して見せてくれる。
それは鞘に収められたクレイモアをモチーフにしていた。武器モチーフのアクセサリーというと、奇妙に聞こえるかもしれない。しかし、私たち勇士七家は家のシンボルが武器だ。彼女が嫁ぎ先を象徴するクレイモアを身に着けるのは、むしろ自然なことだ。
「これは、こうするとな……」
「あ、剣が抜けた」
クリスが柄を握ると、小さなクレイモアは鞘から美しい刀身を覗かせた。
「綺麗な上に、いざという時には武器として使えるんだ! どうだ、すごいだろう!」
美少女が目をキラキラさせて言うことがそれか!
ていうか、お気に入りポイントはそこなのかよ!
「この研ぎ澄まされた刃……クリス様の腕前なら、このサイズでも十分武器として扱えるでしょう」
待って、うちのメイドさん。同調しないで。
確かに私やクリスの立場を考えたら、護身用の隠し武器のひとつやふたつ持っててもおかしくないけどさ。
なんなら私自身も護身用の魔法薬は持ち歩いてるけどさ!
こんなに嬉しそうに語りあうべきことかなあああああ?
ボケにボケを重ねるふたりのせいで、ツッコミが追いつかない。
「そういえば、リリィ以外の子はまだ来てないの? ライラあたりは早めに寮に入ってそうだけど」
今更サロンに私とフィーアしかいないことに気づいたらしい。クリスが不思議そうに首をかしげた。
「ライラは三階の二人部屋よ。あの子に嫌がらせする王妃派の子はいなくなったし、去年がんばって他の女子とも友達になってたしね」
「そっかあ~。寂しいけど、ライラが努力した結果じゃしょうがないね。セシリアも三階?」
「それが……」
説明しようとしたところで、サロンのドアがノックされた。返事をすると、涙目のセシリアがドアを開けて入ってきた。
「リリィ様ぁ~……三階に私の部屋がないんですぅぅぅぅ……!」
「当然よ。あなたの部屋はこのフロアなんだから」
「どうして! 王妃派の嫌がらせはなくなったじゃないですか!」
「あなたの問題は何ひとつ解決してないからでしょ」
「そんなああああああああ」
セシリアは泣きそうな顔で頭を抱えた。
==========
次の更新は11/3です!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます