悪役令嬢は女神のダンジョンから脱出したい
いきなりダンジョン
「……さん! 小夜子さん!」
必死に呼びかける女の子の声で、私は覚醒した。
夢とも現実ともつかないふわふわした感覚が薄れて、徐々に意識がはっきりしてくる。
「ん……?」
目をあけると、制服姿のセシリアの姿がある。彼女の顔はかわいそうに、不安でひきつっていて、今にも泣きだしそうだ。その隣には、なぜか男子の制服を着たアギト国第六王子ユラの姿があった。彼は更になぜか額に大きなツノを生やしている。似合っているけどめちゃくちゃ禍々しくて怪しい。
「小夜子さん、大丈夫ですか? 痛い所はありませんか?」
「いや特に痛くは……って、どうして小夜子呼び?」
確かに私の前世の名前は小夜子だけど、現世でそれを名乗ったことはほとんどない。セシリアだって、普段は私のことを『リリィ様』と呼んでいたはずだ。不思議に思ってセシリアを見ると、彼女は「それは……」と私の体を見つめた。
「ん?」
彼女の視線を追って、私も自分の体を見下ろしてみる。
私が着ていたのは、制服じゃなかった。
「んんんんん!?」
色は鮮やかだけど、ダッサいデザインの小豆色のジャージのジャケット。その下はブサかわ系の変な顔をした猫のプリントTシャツ。履いているズボンはというと、ジャケットと同じダサジャージズボンだ。ジャージの袖からのぞく手は細く小さく骨と皮ばかりで、血色が悪い。慌てて袖をめくってみたら、手首から肘にかけて無数の針痕があった。
「……っ!」
おそるおそる、頭に手を伸ばしてみる。そこには豊かな黒髪のかわりにダブダブのニット帽があった。帽子の下には産毛すら生えていない。投薬治療の副作用で、すべて抜けてしまったからだ。
「あ……あああっ!」
今の自分の姿を認識したとたん、悲鳴が口をついて出た。視界がぐらぐらして、目の前の景色がまともに捕えられない。
コレは、天城小夜子だ。
産まれた時からひどい虚弱体質で、入退院を繰り返し治療の甲斐もなく18で寿命が尽きてしまった、ちっぽけで弱い子供。
どうして私が小夜子に?
私は悪役令嬢に転生して、健康優良児リリアーナになったんじゃなかったの?
もしかして今までのは夢?
病床で現実を忘れるために作り出した妄想だったの?
そんなはずはないと否定したいのに、目の前の貧弱な体が否定させてくれない。
「わ、わたし、……は」
「リリィ様!」
がしっ、と強く肩を掴まれて私は我に返った。
顔をあげると、セシリアの澄んだ緑の瞳と目があう。
「しっかりしてください。あなたは、リリィ様で小夜子さん。そうでしょう?」
「あ、ああ……」
そうだ。
落ち着け。
目の前のセシリアは現実だ。彼女は私がリリアーナであり、小夜子であることを知っている。
それは、「私と彼女が友達になった過去」がちゃんと存在することを示している。
セシリアとの繋がりは現実だ。
リリアーナとしての人生は、6年以上を過ごしたハーティアの日々は、妄想なんかじゃない。
「ありがとう、落ち着いたわ」
「……よかった」
「ショックで人格が壊れてたほうが楽だったのに」
ほっとするセシリアの横で、ユラがぼそっとつぶやく。ぎっ、とセシリアが射殺さんばかりの勢いで男を睨んだ。
「あなたは黙ってて」
「はいはい」
相変わらず仲悪いなこのふたり。私もユラのことは好きじゃないけど。
「ええと……これってどういう状況?」
「私にも、詳しいことはわかりません。気が付いたら私とリリィ様のふたりでここにいたんです」
「僕はカウントされないの?」
「しません」
セシリアはユラのことを見ようともしない。
私はとりあえず周りを見回してみることにした。今いる場所は、正方形の小さな部屋だった。現代日本の感覚で例えると、8畳間くらい。ちょっと広めのリビングくらいの広さだろうか。石造りの部屋には窓も明かりもないのに、なぜか明るくて床の模様やお互いの様子をはっきり確認することができた。四方を囲む壁のうち、セシリアたちの背後にある壁にだけ大きな扉がひとつある。出入口はそこだけみたいだ。
「なんかここ、見覚えあるんだよね……」
シンプルなつくりの部屋だけど、どこかが記憶にひっかかる。
規則正しい模様が刻まれた壁をぼんやり見つめていた私は、やっとその答えにたどりついた。
「ここって、もしかして『女神の迷宮』?」
「多分そうです」
あのポンコツ女神関係の施設かあああ……!
道理で見覚えがあるはずだよ!
私はここに至るまでの経緯を思い返した。
=================
本日より新章開始です!
仕事その他との兼ね合いで、今回から火、木、土の週三回更新に切り替えます。
(毎日はやっぱりきつい)
次の更新は11/1です!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます