独占欲

 私はフランの言葉に絶句した。

 つまり何?

 私を舞台に上げないために、侯爵令嬢誘拐事件を起こさせたの?

 確かにね? 誘拐されかけてショックを受けたご令嬢に、ヒロイン役を演じろと命じる大人はいないけどね?

 だからって、ここまで大がかりな仕掛けにする必要ある?


「フランって……」

「何か問題が?」

「ないよ! もう!」


 フランの行動が常識外れすぎて、怒ってた気持ちがどこかに吹っ飛んでいってしまった。

 君は私に執着しすぎじゃないのか。

 こんな激重感情見せられて、引くどころか嬉しくなってる自分も自分だけどさ。


「お前は、唇も、肌も……髪の毛一筋に至るまで、全部俺のものだ」


 静かに告げられて、とくりと心臓が鳴る。

 そして気づいた。

 目の前の恋人が久々に男の姿をしていることに。

 多分、アイリスの手下を捕らえるには、腕力のない女の姿は都合が悪かったんだろう。

 あの格好も嫌いじゃないんだけど、女の子の私が恋をしてるのは、やっぱり男性のフランだ。

 大きな手や、低い声にドキドキしてしまう。

 つーか、相変わらずかっこいいな、こんちくしょう。

 こんな美青年と狭い小屋にふたりきりとか……。

 ん?

 私は、はっと顔をあげた。

 そういえばツヴァイたちは全員、自分の仕事をするために行ってしまった。ここは学園の中でも外れにあるから、生徒も教師もやってこない。

 完全なふたりきりだ。

 小屋にフランと自分しかいないのだと意識したら、途端に心臓が早鐘を打ち始めた。

 やばい。男のフランが久しぶりすぎて、どんな顔したらいいかわからない。

 うろうろと視線をさまよわせていたら、ばちりとフランと目があった。奴はにやりと腹黒笑顔とはまた別の笑みを浮かべる。

 お前、私が何故緊張してるか、わかってるな?

 しかも知ってて楽しんでるだろ!

 私は慌てて小屋のドアに手を伸ばした。


「何をするつもりだ」


 低い声が私を止める。


「じ……事件は収束したんでしょ? だったら戻らないと。みんな心配してるはずだし」

「その必要はない」


 後ろから伸びてきたフランの手が、ドアノブを握る私の手に重なる。

 手のひらの熱い体温が伝わって、また心臓がどくんと跳ねた。


「ヴァンたちには事前に計画を伝えてある。誰もお前の心配はしていないさ。……それより」


 フランは私の手を握りこんだまま、後ろに立った。


「せっかく仕掛けを施したのに……あまり早く戻ったら、代役を立てた意味がなくなる」


 ふっ、と吐息が耳にかかる。


「俺がいいと言うまで、外に出るな」


 耳元でささやかれて、私は身動きがとれなくなった。そのまま背後からぎゅうっと抱きしめられる。


「……っ」


 吐息が、胸板が、硬い腕が、大きな手が私に触れる。

 突然、フランの体を全身で感じさせられた私は、パニックに陥った。

 彼と恋人同士になったのは一年以上前だ。王妃に縁談を壊されるまでは、婚約者として普通に付き合っていた時期もある。でもその頃の自分の体はまだ子供で、ろくにキスすらしていなかった。あれは恋人と言ってても、おままごとでしかなかったんだと思う。

 でも、今のコレは違う。

 男の人が、女を求める抱き方だ。

 大人の恋人同士が、こんな触れ方をするなんて聞いてない!

 信じられないことに、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 なんならもっと強く抱きしめられたいとさえ思ってしまう。

 きっとこの状況はやばい。

 このままフランの腕の中にいるのは危険だ。

 そう思うのに心地よくて、離れなくちゃと思う気持ちと、もっと欲しいという気持ちが両方頭の中で大暴れしている。


「こ……こんな、何もない小屋で……ただ、待ってろ……って言われても……」


 なんとかひねり出した言い訳を、フランは鼻で笑う。

 彼の手が私の顔に触れる。強引に後ろを向かされた私は、正面からフランの青い瞳を見る羽目になった。そこには今まで見たこともない欲がにじんでいる。


「だったら、俺とキスでもしていれば、いいんじゃないか」

「……んんっ」


 そして、私たちは長い長いキスをした。



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