大団円?

「リリィ、無事か?」


 慌てた様子でクリスが医務室に飛び込んできた。クリスだけじゃない、彼女の後ろから同級生が何人も入ってくる。学年演劇が終わると同時に移動してきたみたいで、出演者は全員舞台衣装のままだった。


「平気よ、ちょっとびっくりしちゃっただけ」


 私が体を起こして笑いかけると、女子生徒たちが一斉に集まってきた。


「リリィ様よかった……!」

「ドリー先生が無事に救出してくださったと知らされていましたけど、心配で心配で……」

「怖くて立つこともできなくなったのでしょう? おかわいそうに!」


 裏事情を知らない彼女たちは、うるうると目を潤ませる。

 私が医務室に担ぎこまれたときに立てなかったのは事実だけどねー。今までさんざん命を狙われて育ってきた私は、誘拐されかけた程度のことで前後不覚にはならない。

 腰砕けだったのも、涙目だったのも、原因は部屋の隅でしれっと女に化けてる男のせいだ。

 お前は十六歳になんちゅうキスをしやがる。

 少女漫画と乙女ゲームでしかキスを見たことのない女の子には、刺激が強すぎますからぁぁ!

 しかも抗議したらしたで、嬉しそうに笑って取り合わないし。

 なんなら更にキスされるし。

 何故私はこんなにタチの悪い男を選んでしまったのか。今更後悔しても、後の祭りだけどさあ!


「ま、なんにせよ無事で何よりだ」


 白銀の鎧を着たままのヴァンとケヴィンが笑う。裏を知ってる彼らは冷静なものだ。


「ふたりとも、フォローしてくれてありがとう」

「礼は言わなくていい。大元は、俺たちの問題だからな」


 そう語る彼らの中に、王子とヘルムートの姿はなかった。攫われかけた婚約者の元に現れない、ということは、男子は男子で何かあったらしい。


「女子のほうは、セシリアとライラが助けてくれたしね」

「え?」


 ケヴィンの言葉が信じられず、私は目を丸くする。

 面倒見のいいライラが今回の捕り物劇に加わっていたのはわかる。しかし、ひたすら目立たず、すみっこにいたいというセシリアが手を貸したのは意外だった。


「ふふ、見てよ! この仕上がり!」


 ライラがクスクス笑いながら、生徒の人垣の中から女の子をひとり引っ張ってきた。

 ストロベリーブロンドの美少女、セシリアだ。丁寧に作られた美しい聖女のドレスとベールを着た彼女は、まさに伝説の聖女そのものだった。

 ゲーム内では舞台で聖女役をやる選択肢もあったから、セシリアの聖女姿を見るのは初めてじゃない。でも、現実の彼女はスチルより何倍も綺麗だった。


「うわあああ、セシリア素敵~~~!」


 あまりの美少女ぶりに思わず声が出てしまう。


「あ、あの、リリィ様……?」


 ただ脳内に記憶してるだけじゃもったいない。

 誰か私に記録媒体をください! 複数コピーして永久保存しておくから!

 私のテンションが爆上がりしたのを見て、女子生徒も盛り上がる。


「ヴァン様たちがセシリアをリリィ様の代役に、とおっしゃった時にはびっくりしましたけど、すばらしい聖女ぶりでしたわ!」

「伝説の再現画を見ているようで、裏方の私たちも、思わず見とれてしまいました」

「リリィ様はご自身に何かあった時のために、とセシリアに代役の練習をさせていたのでしょう?」

「すばらしい判断、まさに慧眼でございますわ!」

「あはは……」


 お前は嘘が下手だからとついさっきまで何も知らされてなかった、とは言えず、私はあいまいにほほ笑む。


「……何かあった?」


 こっそり声をかけてみたら、セシリアはむっと何かを睨んだ。いつも気弱な彼女らしくない、怒りの表情だ。


「自分の行動の結果とはいえ、あまりに取るに足らない者と思われるのは……腹がたって」


 なるほどわからん。

 でも、前向きに問題に取り組めるようになったなら、いい傾向なんだろうか。


「妨害していたアイリスは捕まったし、リリィは無事! 劇も大成功したってことで、打ち上げやろうぜ!」


 ヴァンの言葉に、集まっていた生徒がおおお、と盛り上がる。

 元々劇が成功する想定で裏方がパーティーの準備をしていたらしい。


「嫌なことは忘れて騒ごう!」


 生徒たちは、わいわい騒ぎながら医務室から出ていく。私もベッドから出てみんなに加わろう。ここで寝ていたのは、劇に出られない理由作りをするためで、実際は傷ひとつなかったわけだし。


 その夜、私たちは夜遅くまで楽しい時間を過ごした。

 王子とヘルムートのことなんて、完全に忘れて。


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