腹黒魔王の思惑
「どういうことか、事情を説明してくれるのよね?」
フランの青い瞳を睨むと、彼は黙ってぼろ小屋のドアを開けた。それからこちらを手招きする。
外では話せないこと、らしい。
私は彼の指示通りドアをくぐって中に入った。
でも素直なのはここまでだからねー?
ちゃんとワケを話してくれなくちゃ、暴れてやるんだから!
「お前に何も伝えなかったのは、アイリスを罠にかけるためだ」
ドアを閉めてから、フランは目的を語りだした。
確かに騒動の元凶は彼女だけどね!
「……アイリスが、あれだけ妨害工作をしておきながら、説教程度で済んでいたのは何故だと思う?」
「うーん、大した悪事じゃなかったから?」
今回の誘拐事件以外でやったことといえば、劇の道具を盗んだり壊したり、といったしょうもない悪戯だ。イラつくけど厳罰にってほどじゃない。
「それは半分正解で、半分不正解だ。アイリスが今まで大きな罪を犯さなかったのは、全て未然に防がれていたからだ。お前たち特別室組の生徒には、常に強力な護衛がつき、教師も手厚くフォローしてきた。王妃派の罠は重大な事件に発展する前に、その芽が摘まれていたんだ」
「でも、それっていいことよね?」
「本来はな。小さな事件のうちに問題のある生徒を発見し、説教して道を正す。学校とはそういう場だ。しかし……何をやっても反省しない者もいる」
「アイリスみたいな?」
こくりとフランが頷く。
「何をしても矯正される気のない人間に、指導は意味をなさない。学園に残り続ける限り、常にまともな生徒の生活を脅かすだろう。だが、退学処分にしようにも、窃盗程度では根拠が弱い」
「……え。ちょっと、まさかフラン!」
フランの目的に思い至った私は、ぎょっとする。腹黒魔王はにいっ、と悪い笑顔になった。
「そうだ。奴を家ごと貴族世界から追放するために、侯爵令嬢誘拐という大罪をわざと実行させてやったんだ」
追い出したいからって、犯罪を誘発するとか、どんなマッチポンプだよ。
「私が事情を知らされなかったのは、確実に誘拐事件を起させるためね。……下手に知ってたらアイリスに勘付かれるから」
「お前は、ハッタリはともかく長期的に誰かを騙す嘘は下手だからな」
フランの評価は正しい。ぐうの音も出ないくらい正しい。
わかるけど腹が立つこの気持ちは、どこに持っていけばいいんでしょうね?
「でもなんでわざわざ、学年演劇の発表当日に事件を起こさせるのよ。アイリスの思惑がそこまでわかってたなら、事件発生日も操作できたわよね?」
侯爵令嬢誘拐事件なんてものが起きたら、学生たちは大パニックだ。とても劇どころじゃない。一年の努力が水の泡である。
「そこは心配ない。お前の代役はちゃんと用意しておいた。ついでにスパイも摘発できるし」
「何の話よ」
いきなり場違いな単語が飛び出してきて、一瞬思考が止まる。アイリスは王妃の息がかかってるけど、所詮一介のお嬢様だ。本物の犯罪者であるスパイとは縁がない。
「長く王妃派の支配下にあった王立学園には、まだ何人もスパイが潜んでいる。騎士を派遣してまとめて拘束したいが、情報を扱っている連中は周囲の変化に敏感だろう?」
「学校って、人の出入りが少ないから、異分子が目立ちやすいものね」
「だが、学年演劇の日だけは別だ。子供の晴れ姿見たさに、何人もの高位貴族が訪れるからな。護衛騎士が大量に入ってきても不自然じゃない」
「……ハルバードはともかく、ミセリコルデの馬車まであると思ったら、そういうこと? どんだけ職権乱用してんの!」
要人警護任務だと言えば、学園に騎士が増えても不審に思われないだろうけど!
「学園を訪れた護衛騎士のもとに『偶然』入る侯爵令嬢誘拐の知らせ。いたいけな少女を救うため、居合わせた彼らは一斉に学園を捜索する。不審な動きをしている者を片っ端から拘束し、取り調べてみたら……『なぜか』全員学園関係者を装ったスパイだった」
「ウワー、スゴイ偶然ー」
清々しいまでの別件逮捕である。この世界に現代日本のような捜査規則が存在しないからって、ここまでやっていいんだろうか。
「……というのが建前で」
「まだ理由があるの?」
お前ひとつの事件にどんだけ思惑を巡らせてんだよ!
「学年演劇の公演日は俺個人にとって大きな意味がある」
フランはにいっと口の端を吊り上げた。
顔の形は笑顔なんだけど、瞳は笑っていない。そこにはいつか見た執着の暗い炎がある。
「この俺が……観客の前でお前が王子とキスを演じるのを、許すと思ったか?」
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