因果への応報(オリヴァー視点)

「……何のお話でしょう?」


 呼び止められ、アイリスが振り向く。ヴァンは笑顔を張り付けた彼女の顔を睨みつけた。


「お前、なんでリリィが帰ってこねえって、断言できたんだ?」

「それは……先日のリハーサルで、あの方が逃げたから……」

「まだ開演までそこそこ時間があるぜ。なのに探すことすらせずに、代役の話を持ち出したのは、あいつが帰ってこない確信があったからだろ」

「何が言いたいんです?」


 アイリスもまた、いらいらとヴァンを睨む。


「つまり、リリィを隠した犯人はお前だろ、ってことだ」


 しん、と生徒全員が静まり返った。


「あ、あはははっ、ヴァン様は冗談がお上手ですね! 私はずっとここで道具探しをしていたんですよ。リリィ様を連れ出したりなんか、できません」

「自分でやらなくても、命令は下せるだろ。ケヴィン、クリス!」


 ヴァンが指示を出した次の瞬間、ふたりが近くにいた生徒を取り押さえた。床に引き倒された彼らの顔を見て、アイリスの顔がこわばる。


「お前がそこの生徒ふたりと話していたのを確認している。こいつらに、リリィを誘導して演劇場から閉め出すよう指示したな?」

「知りませんわ。ただ同級生と話していただけで犯人だなんて、失礼じゃありません?」

「……だとよ。おいお前らふたり、このまま黙ってたらお前らがリリィ誘拐の犯人ってことにされるんだが。いいのか? それで」

「ち、違います! 私たちはアイリス様に脅されたんです!」

「少し誘導するだけでいいからって……全部証言しますから……助けてください!」


 押さえられた生徒たちは口々に命乞いを始めた。


「く、口から、出まかせですわ」

「へえー」


 返事をするヴァンの声は冷たい。

 アイリスを見る生徒たちの視線も冷え切っていた。誰もアイリスの言葉を信じていないのは明白だった。


「お前のやったことは、侯爵令嬢の誘拐だ。今までの演劇妨害みたいなヌルい犯罪じゃねえ。大罪人として裁かれることを覚悟しやがれ」

「私が……罪人……? まさか」


 アイリスは問いかけるが、誰も彼女を肯定しなかった。

 もちろん、俺もそのひとりだ。


「オリヴァー様は私を信じてくださいますよね?」


 すがるような視線を向けられたが、俺は目をそらした。彼女に手を差し伸べるなんてこと、できるわけがない。


「何よ……みんなあの女の味方ってわけ? 馬鹿じゃないの? あんな、考えなしで態度がデカくて顔がいいだけの女! かばう価値なんてない! あんな女死ねば……ふふ、ふふふふふっ」


 リリアーナ嬢に悪態をついていたアイリスは、突然笑い出した。

 唐突な感情の変化に、見ていた俺たちは面食らう。


「確かに私は罪人になるかもしれない。でも、あの女だって破滅よ!」

「……何が言いてえんだ」

「あいつを連れ出した先に男を何人も用意したの。いまごろ令嬢の名誉も尊厳もズタズタにされているころだわ! 私を捕らえていい気になってるかもしれないけど、ボロ雑巾みたいになったあいつを見て、笑ってられるかしら?」


 名誉も尊厳も、とはそういうことなんだろう。

 ひとりの人間に向ける悪意の深さを目の当たりにして、背筋が凍る。子供のころから知っていたはずの少女のどこにこんな醜悪な部分があったのか、理解できない。


「お前バカだろ」


 呆れたようにヴァンが言う。


「俺たちは、お前が何を計画していたか、実行犯は誰なのか、全部把握してたんだぞ? それだけ知ってて、リリィを本当にひとり歩きさせるわけないだろ」

「え? でも、呪いは確かにあの子が小屋に到着したって……」


 アイリスは慌てて何かを握りこんだ。

 何かの呪具のようなものを持っているようだ。


「それはお前を騙すためだ。リリィが罠にかかったと確信させるために、手下が待ち構える場所まではわざと行かせたんだよ。今頃は現行犯で全員捕縛されてるはずだ。もちろん、あいつの名誉も尊厳も傷ついちゃいねえ」

「……そんな」


 ヴァンの言葉は真実だ。自分も昨日の夜の時点で今日起きることを知らされていた。聞いたときには嘘としか思えなかったが、実際に目の前で予想通りの事件が起きたのでは信じるしかない。


「アイリス、お前は自分が賢いつもりだったんだろう。でもな、実際は全部見透かされてひとり負けしただけなんだよ!」

「嘘……嘘……嘘よ! 嘘おおおおお!」


 アイリスは半狂乱で叫びだした。


「クリス、今捕まえてる奴と一緒にアイリスを裏口まで連れていってくれ。そっちにミセリコルデ家から派遣された騎士がいるはずだ」

「わかった」


 クリスは実行犯をまとめて連れていく。

 その姿を茫然と見送っていると、ヴァンが俺の体を引っ張った。強引に廊下へと連れ出される。


「な、なにをする!」


 追って来たヘルムートごと隣の控室に押し込まれ、振り向いたらケヴィンがドアを閉めるところだった。


「お前の説教は、まだ終わってねーぞ?」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る