令嬢不在事件(オリヴァー視点)

 ヴァンの指示通り、ヘルムートと共に遅れて演劇場に入った俺の目に飛び込んできたのは、ばたばたと走り回る同級生の姿だった。役者も裏方も関係なく、みんな必死の形相で道具のチェックをしている。


「ヴァン……」


 おずおずと声をかけると、ヴァンはすぐにこちらを向いた。


「御覧の通りだよ。大変なことになった」

「みたいだな……」

「収集はつきそうなのか?」


 ヘルムートが尋ねると、ヴァンは肩をすくめる。


「こっちはな。だが……」

「リリィはどこ?」


 舞台裏にケヴィンの声が響いた。

 生徒たちはそれぞれ自分の周囲を確認し、彼女の姿が見えない事を知ると順に顔色をなくしていった。ざわざわと少しずつ動揺が広がっていく。


「誰も見てないのか?」


 クリスが再度生徒たちに声をかける。しかし、リリアーナ嬢の姿を見た者は誰もいなかった。

 全員が道具の紛失に気を取られている隙に、彼女は消えてしまったのだ。

 リリアーナ嬢が行方不明、という事実を突きつけられて目の前が暗くなる。

 まさか、本当にこんなことが。

 意識が飛びそうになった俺を引き戻したのは、肩の痛みだった。ヴァンの手が俺の肩を支えるように、強く掴んでいる。


「ぐらついてる場合じゃねえぞ」

「わ、わかってる」


 リリアーナを探すべきか、道具を探すべきか。今後の方針を求めて生徒の視線がヴァンに集中する。そこへ、不似合いなくらい明るい声が割りこんできた。


「リリィ様はほうって置けばよろしいのよ。あの方はきっと、逃げてしまったんですわ」

「アイリス……」


 人ひとりいなくなったというのに、彼女はにこにこと笑っていた。


「だって、つい二日前だってあの方は、オリヴァー様とキスを演じるのが恥ずかしいと言って逃げてしまったではありませんか。反省したとおっしゃってましたけど、大舞台を前にして怖気づいてしまったんですわ」


 そのセリフは、一見筋が通っているように見えた。

 確かに彼女は一度舞台を投げ出してしまっている。だが、その原因は彼女の至らなさではない。


「あいつは自分の仕事を放り出す奴じゃねえよ」

「でも、事実この場にいらっしゃらないじゃありませんの」


 アイリスは生徒たちの間から歩み出てくると、俺に向かってほほ笑んだ。


「舞台直前に姿を消すような方は無視して、私たちだけで演劇をやりましょう?」

「しかし、彼女は大事な聖女役で」

「代役を立てればいいのです。以前より親しくさせていただいている私なら、きっと王子にあった恋する聖女の演技ができますわ」


 すらすらと提案を口にする彼女の様子は、いつもと全く変わりがなかった。王子の婚約者が行方不明になっているというのに、心配するそぶりもない。そのあまりに落ち着いたふるまいが、彼女の異常さを際立たせていた。

 俺が見ていたアイリスという少女は、何だったのか。

 ヴァンはため息ひとつついてから、嫌そうに判断を下した。


「確かに代役は必要だな」

「では……!」

「勘違いすんな、お前じゃねえ。おい、準備できてるか?」


 ヴァンが声をかけると、女子をまとめていたライラが頷いた。奥から聖女のドレスを着た女子生徒をひとり連れてくる。

 華やかなストロベリーブロンドの少女は、建国神話で語られる聖女そっくりだった。

 あまりの美しさに、生徒たちは一瞬事件のことすら忘れて彼女に見とれてしまう。


「セシリア……! 何故あなたが!」

「リリィ様に頼まれていたんです。何かあったときには、私が代わりを務めるようにと」

「セシリアはずっとリリィの側にいたからな。こいつなら聖女役くらい、軽くこなせる」


 セシリアが女子部全教科でトップに立っていることは全員が知っている。リリアーナ嬢をのぞけば、彼女以上の適任はいないだろう。


「子爵令嬢ごときが……!」

「黙れよ、伯爵令嬢風情が」

「……っ」


 ぎりっ、とアイリスがヴァンを睨む。しかし、勇士七家相手では分が悪いと悟ったのか、反論を飲み込む。


「で、では……セシリアを代役にして劇を始めるのですね。先生方に、そのようにお伝えしなくては」

「待てよ、話はまだ終わってねえぞ」


 その場から立ち去ろうとしたアイリスをヴァンが呼び止めた。



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