王たる資質(オリヴァー視点)
「説教だと? 王子はあの悪女に騙されていただけだろう!」
説教、と言い出したヴァンに向かってヘルムートが食ってかかった。彼は冷ややかに見返す。
「それが問題だっつーの。俺らは何度も言ったよな? アイリスもゾフィーも根性悪だ。あいつらを操ってる王妃も信用するなって」
「母親を疑えって言うのか!」
「そうだ」
ヴァンはきっぱりと断言した。
「俺やケヴィンや、騎士科の連中の話を聞かないで、あいつらを信用した結果何が起きた?」
「そ……それは……」
「わかってんのか? さっきまで、この国は内乱一歩手前だったんだぞ」
「内乱? リリアーナ嬢の誘拐が何故そんなものに……」
「ハルバード侯爵令嬢誘拐未遂、だ」
ヴァンは事件内容を訂正する。
「ハルバード候は娘を溺愛している。暴行されたらなりふり構わず犯人を殺すくらいにはな。第一師団長を務める南の名門侯爵がそんなことしてみろ、国が割れてバラバラになるぞ!」
「そ……そんなこと……知らない……!」
「それがお前のダメなところなんだよ!」
バン、とヴァンは壁を叩いた。その勢いに思わず身をすくませてしまう。
「見たいものだけ見て、都合の悪いことは一切聞かない! 証拠を突きつけられたら、『知らなかった』だあ? そんな言い訳通用するかよ!」
「で……でも」
「でもじゃねえ! 王様って地位には国中の利権が集まるんだ。アイリスみてえに、利益のためにはどんな嘘でもつくって奴が群がってくる。王は全ての嘘を見抜いて、国を導く責任があるんだ」
「それだと……君の言うことすら、疑うことになるんじゃ……」
「ああそうだ。自分以外全てを疑う、それでやっとスタートラインに立てるんだ」
ずっと俺を睨んでいるヴァンは、本気でそう思っているようだった。
「しかし、王の息子は俺しかいないから……」
「はあ? お前まだ玉座に座れる気でいんの?」
ヴァンは俺の王位継承すら否定した。彼の言うことが信じられなくて、ケヴィンを見る。
いつもほほ笑んでいたはずの彼は、無表情にうなずいた。
「前国王がいくつでクリスを産ませたと思ってんだ。お前の親父はその時よりずっと若いぞ。以前ならともかく、王妃の勢力が弱くなった今なら側室のひとりやふたり、侍らせるのは難しくない。来年の今ごろには弟か妹が増えててもおかしくねえ」
「……っ」
「ああ、俺がクリスに子供を産ませるのもいいな。そしたら俺は王の父親だ」
「く、クリスは臣籍降嫁予定で!」
「降嫁予定、だ。まだ婚約状態だから王位継承権自体は無くなってねーぞ。それにあいつが産む子供は前国王の孫。血の濃さだけで言ったら、お前と一緒だ」
自分が王位を継がない。
予想外の将来を突きつけられて頭が真っ白になった。自分は産まれた時から王子として、継承者として育てられてきたのに、今更それを失うというのか。
「現国王が置物だ、無能だって言われながらも、玉座に座ってられるのは何もしねえからだ。薬にもならねえ代わりに毒にもならねえ。最低限、国政の邪魔にはならない。だがな……」
ヴァンが俺の胸倉を掴んだ。
それは臣下が王に対してやることではない。
「母親や女の甘言に踊らされて、余計な手出しをする王は邪魔だ。排除するしかない」
「お前、王子になんてことを!」
ヘルムートが俺からヴァンを引き離そうと駆け寄る。しかし、途中でケヴィンに足をかけられ、床に転がされた。
「君も同罪だよ、ヘルムート」
「何が……!」
「主が間違った道を選んだ時、泥をかぶってでも正すのが臣下の仕事だ。オリヴァーと一緒になって騙されて、流されているだけの君に存在価値はない」
「俺は、王子に逆らうことは……!」
「そう言われてても、諫めなくちゃいけないんだよ。側近の意味を理解してる? 一連托生なんだよ? 彼がもし地位を追われたら、君の地位はどうなるの」
「あ……」
起き上がろうとしていたヘルムートは、そのまま力なく床に転がった。
「騎士科はお前を矯正するために一年かけた。それでも直らねえってんなら、別の『方法』を考えるしかない。……お前が何かできる時間はあまり残ってないぞ」
「……」
彼らに何を言うべきか。言葉を探していると、部屋のドアがノックされた。
「ヴァン様、ケヴィン様、舞台の用意が整いました!」
「わかった。すぐ行く」
ヴァンは胸倉を掴んでいた手を離した。
「舞台に上がるぞ、建国王様?」
「は……? この状況で劇を……?」
突きつけられた現実に頭をかき回されて、まともに喋れる気がしない。舞台に上がるなんて無理だ。
しかし、ヴァンとケヴィンは強引に俺の腕を引いて戸口に向かう。
「お前は戦場で敵と戦ってる時にも『今そんな気分じゃないから無理ですー』って言うつもりか。責任から逃げんな」
「大丈夫、セリフが飛んでも、演舞を間違えても、フォローするよ」
「俺たちは『まだ』臣下だからな」
彼らに引きずられて、俺は舞台へと向かった。
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