失態

「モーニングスター見つかりました!」

「建国王の冠、発見です!」


 開演時間が迫るなか、生徒たちは男女を問わず舞台裏を走り回っていた。アイリスたちが隠した舞台の道具を探し出すためである。

 どれも少し探せば見つかる場所にあるものの、とにかく数が多い。

 チェック担当のライラと、全体指揮担当のヴァン以外は、とにかくそこら中の棚や暗がりを開けて回った。当然私も捜索のお手伝いだ。


「もおおおお、最後の最後で何てことを!」


 一晩でこれだけの道具を隠すのはアイリスひとりじゃ無理だ。

 手を貸した生徒は相当な数にのぼるだろう。寮母たちの説教が無駄だったのか、それともアイリスに従わざるを得ない理由でもあるのか。

 後で証拠を集めて全員説教しないと気が済まない。


「教師に助けを求められないのがきついわね……」


 何しろ、今日は客席に王妃様をはじめとした国の重鎮が集まっている。教師たちは彼らの対応で手いっぱいだ。それに万一舞台裏の騒動が王妃の耳に入ったらまた別の面倒ごとになってしまう。


「リリィ様、裏口を見てきてください!」

「わかったわ!」


 いけない、いけない。

 考えるのは後だ。

 とにかく、道具を見つけて舞台の幕を上げないと。

 劇場の裏まで走ってきた私は、さすがに息が切れて立ち止まった。


「ここで、道具を隠せそうなところは……」


 人気のない裏口を出て周辺を見回す。その瞬間、がしゃんと裏口の鉤が音を立てた。


「……え?」


 慌てて裏口に駆け寄ったけど、ドアは動かなかった。誰かが裏口に鍵をかけてしまったのだ。

 突然劇場から締め出されて私は混乱する。


 この状況で裏口を閉めるとかある?

 そんなことをしたら、中に戻れない。正面入り口に回ろうにも、ここからじゃ暗い裏道を通らなくちゃいけない。


「フィーア、ドアを……」


 振り向いて、私は気づいた。

 私は今、ひとりだ。

 何も言わなくてもついてきてくれる、有能護衛のフィーアはいない。

 だから孤立しないよう、自分で気を付けなくちゃいけなかったのに。


「……!」


 この状況は絶対罠だ。

 留まっていたら、絶対よくなことが起きる。すぐに誰かと合流しなくちゃ。

 別の入り口を求めて裏道に目を向ける。

 以前見た地図が確かなら、壁沿いに進めば正面脇の入り口にたどり着けるはず。


「待って……!」


 走り出そうとした私の耳に、女の子の声が聞こえた。

 振り向くと木々の間から、制服姿の女の子がよろよろと歩いてきた。


「ちょっと、どうしたの?」


 彼女はひどい有様だった。髪はぐしゃぐしゃで、制服は泥だらけで襟元が乱れている。

 顔は殴られでもしたのか大きく腫れあがっていた。


「あなた……ゾフィーよね?」


 いつも令嬢然としていた彼女には、あり得ない姿だ。誰かに何かされたとしか思えない。駆け寄ると、彼女はぼろぼろと泣き出した。


「わ……私……やめようって、言ったの……こんなの……変だって……」

「え、ええと……?」

「でも、アイリスは……絶対あなたを……潰すって……!」

「落ち着いて。すぐに誰か呼んであげる」

「だ、だめ……っ、いやぁぁっ!」


 びくん、とゾフィーが体をのけぞらせた。

 そのまま地面に倒れてのたうち回る。その姿はまるでスタンガンを押し付けられた人みたいだ。

 もちろん、私は雷魔法なんか使ってない。


「ゾフィー、しっかりして!」


 慌ててゾフィーを助け起こすと、乱れた胸元の奥がちらりと見えた。少女の肌に似つかわしくない、どす黒い模様が目に入る。


「ちょっと、ごめん」


 私はゾフィーの胸元を大きくあける。そこにあったのは、植物の根のように体に広がる黒々とした呪いの紋章だった。

 形はフィーアに着けられていた服従の呪いに似ている。

 でも今目の前にあるコレは、それよりはるかに禍々しかった。


「嫌だって言ったら……アイリスが……胸に何かを押し付けて……そしたら……」

「何てもの持ち出してるのよ……!」

「アイリスの言う通りにしないと、こ、殺される……! リリィ様……助けて……!」


 必死に縋り付いてくるゾフィーを抱えて、私は途方にくれた。



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