上演前トラブル

「おはようございます、リリアーナ様! 今日はがんばりましょうね!」

「リリアーナ様、私たち精一杯お手伝いいたします!」


 同級生に激励されながら、私は王立学園の演劇ホールに足を踏み入れた。

 今日はついに学年演劇の上演日である。

 学生イベントとはいえ、貴族子弟が一年がかりで準備した大がかりな劇だ。今日だけは特別に外部からのゲストを招待して劇を披露することになっている。

 ゲストの多くは、生徒の親族だ。


「……うわーお父様たちも来てる」


 演劇ホールの窓から外を見ると、両親が所有する紋章つきの馬車があった。


「おじい様も来ているのか」


 寮から一緒にホールにやってきたクリスが、隣の馬車の紋章を確認して言う。

 馬車留めにはクレイモア、モーニングスター、ランス、カトラス、さらにはミセリコルデの馬車まであった。生徒が在籍している私たちはともかく、ミセリコルデは関係ないんじゃないの。


「ヴァンの演舞を見たら、何て言うかな」

「クレイモア伯なら、精進が足りん! とか言うんじゃないの」

「勘弁してくれ……俺にあれ以上の演技はむりだ」


 私たちが笑いあってると、ヴァンとケヴィンが顔を出した。彼らも今来たところらしい。


「まあ、王家の馬車もありますわ!」


 生徒の誰かが声をあげた。よく見ると剣と心臓をモチーフにした王家の紋章を付けた馬車もある。こんなところに国王が来るわけないから、来てるのは王妃様かなあ。

 私とフランの婚約をブチ壊しにした王妃の前で王子とキスシーンを演じるとか、何の罰ゲームだ。


「そういえば、王子とヘルムートは?」


 母親が見に来たのなら、喜びそうなものだけど。尋ねるとヴァンは首を振った。


「あいつが下手に陣頭指揮をとると混乱するからな。出演前まで待機させてる」


 ……未来の国のリーダーとしてそれはどうなの。

 いやまあ、今までの行動を考えたら、ヴァンの処置が妥当だと思うけどね?


「君たちのほうこそ、ライラは一緒じゃないの?」


 私とクリスが一緒にいるのを見て、ケヴィンが首をかしげた。


「道具係の準備があるとかで、先に女子寮を出たの。これから準備室の様子を見てくるから、一緒に来る?」

「そうだね。俺も着替える前に状況は確認したいし」


 私たちは4人まとまって準備室に向かう。中を覗くと、部屋は妙に静かだった。

 ライラを中心とした何人かの生徒が、その場に立ち尽くしている。


「ライラ、どうしたの?」


 彼女たち道具係は開園前の今が一番忙しいはずだ。こんなところでぼんやりしていていいんだろうか。

 私たちに気づいたライラは、ゆっくりと振り返る。

 彼女の目は吊り上がり、顔は強張っていた。態度はツンツンしてても実は優しい彼女にしては珍しい、心底怒ってる顔だ。


「ちょっと、怒りで思考停止してた……」

「え、何それ」


 怒りって何事?

 困惑していると、ヴァンが声をあげる。


「おい、昨日ここに置いてあった模擬剣はどうした? いや、それだけじゃない、衣装も、小道具も全部……」

「ええそうよ」


 ライラが低く答えた。


「劇に必要な道具が、全部なくなってるの!」

「えええええええ」


 言われてみれば、準備室は空っぽだ。

 道具なしでは、とてもじゃないけど劇の幕はあげられない。


「まあ、大変。誰かが片付け場所を間違えちゃったのかしら」


 パニックになっている私たちに、場にそぐわない明るい声が割り込んできた。振り返るとアイリスがにんまりと笑って立っている。


「道具も管理できないなんて、誰が責任を問われるんでしょうね……」


 いや原因はアイリスだよね?

 絶対君が道具を隠した犯人だよね?

 とは思うけど、今は何も証拠がない。


「まず最初に君を尋問してもいいんだけどね?」


 クリスがじろりとアイリスを睨んだ。鋭い視線を受けて、わずかに怯む。


「わ、私は何も知らないわよ」


 パン、とヴァンが手を叩いた。


「そこのハエはほっとけ。ケヴィン、生徒を全員集めてくれ。犯人捜しは後回しだ、まずはなくなった道具を探すぞ!」



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