サービス残業禁止令

「過労だな」


 フィーアを診察したディッツは、あっさりとした口調でそう断言した。


「病気や感染症じゃない。単に疲れて倒れただけだ」

「そう……よかった」

「まあこのまま放っておくと、他の病気の原因になるから休ませる必要はあるけどな」


 それでも、深刻な病気じゃなくてよかった。この世界の医療水準では、ちょっとした病気でも命取りになりかねない。


「やっぱり働きすぎが原因?」


 外でタイミングを見計らっていたのだろう、寝ているフィーアの服を整えたところでジェイドが診察室に入ってきた。


「そうみたい。でも……ジェイドと婚約したおかげで、トラブルは減ったのよね? どうして倒れちゃったんだろ……」

「余裕ができたからって、深夜の女子寮巡回警備と早朝学園一周警備チェックとかしてたからじゃない?」

「はあ!? いつ寝るのよ、それ!」

「だから寝てないんだよね、フィーア?」


 ジェイドに指摘され、フィーアは嫌そうに顔をしかめる。これは体調不良のせいだけじゃなさそうだ。


「ボク言ったよね? こんな生活してたらいつか倒れるって。ひとりで仕事を抱えこんでるばっかりじゃ、絶対につぶれるって」

「ぐ……しかし、女子寮の周りの気配に違和感が……見回りの手を抜くわけには……」

「それで肝心な時に倒れるとか、無様以外何者でもないよね」

「……っ」


 フィーアの金色の瞳がジェイドを睨みつける。図星なだけに反論できないっぽい。


「君はもうちょっと周りを頼らないとダメ。あとでボクが女子寮に侵入者排除の魔法をかけておくし、違和感調査も手伝うから一旦休みなよ」

「でも……」

「主人命令よ、フィーア。私への報告なしに警備を強化するのは不許可とします」

「……わかり、ました」


 暴走の原因が、私への忠誠心だと思うと心苦しい。しかし、無理にでも止めないとフィーアは私を守ろうと際限なく突っ走ってしまう。


「とりあえず、今日は研究室に入院だな。熱が下がるまで女子寮に戻るのは禁止。こっちはドクター命令な」

「なっ……」


 ディッツにまで命令されて、フィーアは口をぱくぱくさせる。


「妥当な判断ね。側にいたら無理にでも私を守ろうとしちゃうから」


 正規の医務室じゃないけど、ここはフィーアの婚約者と身内が管理する研究室だ。泊まって問題ない。


「しかし、ご主人様……それは……」

「はいはい、文句は元気になってから言う」


 ジェイドは毛布でフィーアをぐるぐる巻きにすると、そのままひょいと担ぎ上げた。抵抗することもできず、彼女はそのまま運ばれていく。


「殺す……あとで絶対殺す……!」


 ……あの子たち、一応婚約者同士のはずなんだけど。

 あんな調子で大丈夫なんだろうか。


「まあ、犬も食わないなんとやら、って奴だろ。フィーアのことはこっちに任せて、お嬢は自分のことに集中してくれ」


 ディッツは診察室の外に目をやった。フィーアたちとは別に、ソファスペースに何人も集まっているようだった。


「わかった、行ってくる……」


 まずは、私を心配して研究室に集まってくれた友達に謝らなくちゃなあ……。



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