大丈夫

「王子と喧嘩して、フィーアが倒れたって? 容体は?」


 ソファスペースに顔を出すと、ライラが真っ先に声をかけてきた。見ると、彼女に加えてクリス、セシリア、ケヴィン、ヴァンと特別室組が集合していた。彼らの後ろに、ドリーもひっそりと立っている。


「大丈夫、怪我はしてないわ。私を守ろうとして疲れが出たみたい。今は奥でジェイドに看病されてるわ」


 みんな、それを聞いてほっと息をつく。喧嘩して倒れたって聞いたら、大怪我を心配するところだもんね。過労で倒れた程度ですんで、本当によかった。


「あの……思わず飛び出しちゃったけど、舞台はどうなったの?」


 私が尋ねると、ヴァンがフンと鼻息をもらした。


「リハーサルは中止。道具類は全部片づけて、全員寮に帰らせた」

「私のせいで……ごめ……」

「謝んな」


 私の言葉は、強引に遮られた。


「ここにいる誰も……お前が黙ってキスされてたほうがよかったなんて、思ってねえよ」

「……悪いのはオリヴァーだ」


 そう断言するケヴィンに、いつもの柔らかな笑みはなかった。能面のような無表情で座っている。あまりのことに、表情を作る余裕すらないみたいだった。


「そういえば、王子はどうなったの?」


 フィーアの救護が最優先で、廊下に放置してきちゃったけど。


「彼は男子寮の寮監が連れていったよ。あの様子なら徹夜でお説教コースじゃないかな」

「それで反省するといいんだけどな」


 そうは言っても、相手は今までさんざん叱られて、それでも意識が変わらない王子様だ。

 これで素直に行動が改まるとは思えない。


「学年演劇の上演はもうすぐなのに……どうにかしなくちゃ」

「まずはリリアーナ、あなたは女子寮に戻りなさい」


 ドリーが静かに命令を下した。


「え、それじゃ何も……」

「今のあなたは冷静ではありません、王子との対話など考えられないでしょう。対策はこちらで考えますから、一旦部屋で休みなさい」

「いいんですか?」

「どーせ、喧嘩っ早いリリィに任せたところで、王子がビンタされる回数が増えるだけよ。戻って甘いものでも食べて寝てなさい」


 ライラのその評価はどうかと思います。

 気遣いはありがたいけどさあ!


「じゃあ、お言葉に甘えて……休んできます」

「私も一緒に行こう。今のリリィをひとり歩きさせられない」


 クリスがソファから立ち上がった。


「たまにはフィーア以外の護衛を連れるのもいいだろう」

「ありがとう、頼りにしてるわ」


 私はクリスと一緒に研究室のドアに向かう。

 ふと振り返ると、ドリーと目があった。彼女は軽く肩をすくめて、口の端をゆるめる。


「大丈夫ですよ」


 ドリーがこんな風に笑う時には、何か企んでる時だ。

 だったら、まだできることはあるはず。

 大丈夫。

 私は顔をあげて、女子寮へと向かった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る