決壊

「ああ~なんとか間に合った~……」


 舞台の袖で、私は疲れたため息をついた。

 学年演劇上演まであと二日。ようやくの通しリハーサルである。本来、一週間前までに終わらせておくべきリハーサルが、こんな直前になってしまったのは、もちろん度重なる妨害のせいだ。

 一応まだ学生ってことで取り締まってないけど! アイリスもゾフィーも外でやったら一発逮捕ものの犯罪だからね? 全部失敗してるんだから、いいかげん諦めて!


「衣装が間に合ってよかったです。リリィ様、お綺麗ですよ」


 目にクマをつくりながら、セシリアが微笑む。

 妨害をかいくぐりながらせっせと作った聖女の衣装は、ようやく今日完成だ。セシリアの成長チートと才能のおかげで、王室御用達レベルのドレスが出来上がっている。度重なる作り直しにめげず、努力してくれた彼女に感謝だ。


「ありがとう、セシリア」


 これで、ドレスが恋人のためのものなら、もっとテンションが上がるんだけどね。

 私は舞台をちらりと見た。そこでは、他の出演者たちと一緒になって演舞を行うオリヴァー王子の姿があった。

 あの一件以来、彼とはほとんど会話していない。

 台詞の読み合わせをする以外は、徹底的に避けてきた。下手に言葉を交わしてしまえば、喧嘩に発展しかねないからだ。会話が必要な場面でも、常にヴァンとケヴィン、そしてクリスが間に入ってくれている。

 苦手な相手でもにこにこ笑って会話するのが大人かもしれないけどさー! いろいろありすぎて、冷静でいられないんだよー!

 しかもなんか王子は私と接触を持とうとがんばってるし……。

 状況が何も変わらないのに、話しかけられても困ります!

 あああああ、はっきりノーと言えない侯爵令嬢の立場が憎い。

 自分の出番が極端に少ないのが不幸中の幸いだ。このリハーサルだって、演舞の後で王子を激励するシーンさえこなしてしまえば、もう出番はない。キスシーンだってあるけど、フリでいいってことになってるし。


「リリィ、出番よ」


 小道具の出し入れをしながら、全体の進行を確認していたライラが私に囁く。私は光魔法でまばゆく照らされた舞台へと足を踏み出した。


『勇士と王がここに集いました。今こそ、厄災の神に立ち向かう時です』

『ああ……愛しい人、聖女よ。あなたを守るため、この命を賭して戦いましょう』


 熱っぽい視線を向ける王子によりそい、その手をとる。


『死んではなりません。あなた方は既に聖なる鎧と血の絆で結ばれた身。彼らはあなた方の血に連なる者の手がなければ、目覚めることはできません』

『なに……?』

『厄災を封じたあとも、我らが手を取り合い血を繋いでいかなければ、いつか復活した厄災に立ち向かうことはできないでしょう』

『聖女よ、ならば私は誓おう。必ず生きて戻り、あなたとともに聖女と王の血を繋いでゆくと』

『その誓い、必ず……』


 王子の体が近づく。

 私は軽く目を伏せて、身をこわばらせた。

 このフリだけやり過ごせば終わり。

 ここだけやったら終わり。

 だから、さっさと終わってくれ。

 終われ終われ終われ終われ、と呪文のように心で繰り返していると、何かがおかしいことに気が付いた。


 王子の体が近い。顔も近い。

 フリですむ距離じゃない。これは、フランとキスした時と同じ距離感だ。

 違和感を覚えてる間にも、吐息と熱が間近に迫ってくる。

 こいつ本気で……!

 王子の意図を理解した瞬間、感情が爆発した。


「嫌ぁっ!」


 バチン! と派手な音をたてて、全力で王子の顔を張り飛ばした。



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