幕間:やっていいことと、わるいこと(ゾフィー視点)

「ゾフィー、早くしなさいよ」

「ま、待ってアイリス」


 私は、姿隠しの護符を握り締めると、アイリスの後に続いて外に出た。

 最近の私たちの生活は窮屈だ。

 寮母はもちろん、女子寮の生徒全員が私たちの行動を見ている。

 少しでもルールから外れたことすれば、すぐに教師に報告されてお説教だ。

 女子寮を出入りするのだって、姿隠しの護符を使わなくては見咎められてしまう。


「さっさと行かないと、見つかった時に面倒だわ」

「だったら、こんな遅い時間に行かなくても……」

「ちょっと消灯時間を過ぎただけじゃない。こんな時間から、本当に寝てる子なんていないわよ」

「……そうかもしれないけど」


 学園に来るまで、私たちは無敵だった。

 真面目ぶったお馬鹿さんたちを出し抜いて、いつも一番を取ってきた。

 ルールは抜け道を探るもの。

 ライバルは罠にかけるもの。

 そうやって、マヌケな子の足を引っかけて回ったら、大人はみんな褒めてくれた。

 手段を選ばず上に行けるあなたは偉い、って王妃様が微笑んだ。


 でも、学園に入ったとたん、空気が変わった。

 抜け道を使おうとしたらふさがれる。

 罠は全部見破られる。

 誰かの足をひっかけようとしたら、その前に足を押さえられる。

 その空気の中心にいるのは、侯爵令嬢リリアーナ・ハルバードだ。富も名声もある彼女が、率先して真面目にまともに行動するものだから、誰も表立ってズルができなくなった。

 最初は一緒に悪戯を楽しんでいた子も、ひとり、またひとりといなくなって、気が付けば女子寮の中で私とアイリスだけが孤立していた。

 他人は所詮出し抜く相手。

 騙されるほうがお馬鹿さん。

 そう思ってきたけど……本当に正しかったんだろうか。


「お待たせしてしまって、すいません」


 乱立する学園の建物の陰、もう使われていない物置小屋に入ると、既に待ち合わせの相手が到着していた。

 金色の髪に緑の瞳をした美しい王子様と、アッシュブラウンの髪の騎士見習い。オリヴァー王子様と、ヘルムート様だ。


「いや、さほど待っていない。こんなところまで足を運ばせてしまったのは、俺だ。気にしないでくれ」

「オリヴァー様は、お優しい」


 アイリスはにこにこと笑う。

 日暮れ後に、寮の外で男女が密会する。誰かに見られたら最後、大スキャンダルになる行動だ。しかし、王子は『そちらはヘルムート様をいれて男子がふたり、こちらも女子がふたりいます。逢引きではありませんよ』というアイリスの言い訳を信じているようだった。


「優しいのは君たちだよ。劇の上演日が近いせいか、みんなピリピリしていてね。今日のことだって、ケヴィンは『リリィには近づくな、自分の頭で考えろ』としか言ってくれないし」

「みなさん、お忙しいものね」

「しっかり話を聞いてくれるのは、君たちだけだ……」


 オリヴァー王子はため息まじりに、周りの騎士候補生や婚約者に対する不満をもらす。アイリスはそれらの言葉を、ひとつひとつ丁寧に聞き取り、彼の意見を肯定した。

 甘い労わりの言葉を聞いて、王子は満足そうに微笑む。

 ねえアイリス、そんなことしていいの?

 彼は今まで王子という立場で甘やかされてきた。騎士科の生活を苦しいと感じるのは当然だ。でも、今必要なのは苦しみを取り除く癒しではなく、苦しさを乗り越える強さではないだろうか。

 甘やかして依存させればその分利用しやすいけど、その先に彼自身の健やかな成長はあるんだろうか。


「私には、リリアーナ嬢の心がわからない……」

「オリヴァー様の素晴らしさに、緊張しているだけですわ。それに、お疲れなんじゃないかしら。監督している学年演劇でトラブルが起きてばかりですもの。……自分の関わることばかりで」

「ああ……そういえば、事故が起こるといつも最初に彼女に疑いがかかるな」


 そう仕向けたのは、自分たちだけど。


「君たちのトラブル件数がどうのと言っていたが……結局自分が一番トラブルの目なんじゃないのか……」

「自分の不出来が心苦しくて、私たちに当たってしまうのかもしれませんわね」

「……」


 私たちが立てた作戦はこうだ。

 そもそも王妃様がリリアーナを王子妃に指定したのは、手元に置いて飼い殺しにするためだ。学年演劇でも何でもいい、リリアーナ嬢の評判に傷をつけ、在学中に何としても『ダメ令嬢』のレッテルを貼り、王妃様に逆らえない立場に落とす。

 その裏で私たちが王子を甘やかして篭絡。表向き王子妃はリリアーナとしながら、側室として彼を操るのだ。

 最初はいいアイデアだと思った。

 だから私もアイリスと一緒になってリリアーナを陥れようと躍起になっていたのだ。

 でも、これって本当にいいアイデアだろうか。

 側室って、お妾さんってことだよね?

 王子様の心はつかめても、正式な花嫁にはなれないんだよ?

 本当にそれっていいことなの?


「婚約者とのかかわりに迷いがあるのですね」

「それは……」


 にい、とアイリスの唇が笑みを刻む。


「相手の心を掴む、とっておきの手をお教えしますわ。あなたを想う娘なら、必ず喜んでくださるはず」

「本当か?」


 アイリスは王子の耳に口を寄せると、『相手の心を掴む方法』を囁く。

 その方法は、きっと王子とリリアーナの間に決定的な溝を作ってしまうだろう。

 私たちの計画に必要なことだ。

 でも、それって本当にやらせていいことなのかな?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る