カモフラ婚約

「フィーアがしつこく言い寄られるのは、特定の相手がいないからだろう。婚約者という公のパートナーがいれば、誘いを断りやすくなる」

「待って待って、そもそも婚約とかしたくないから、困ってるんでしょ?」

「何も本当に結婚しろとは言ってない。身を守るための仮の婚約だ」

「つまりカモフラージュ婚約ってこと?」


 こく、とフランは頷く。


「悪くないアイデアだけど、カモフラ婚約する人の立場はどうなるのよ。そんな都合のいい相手なんて」

「いるだろう、目の前に」


 ドリーはフィーアを見たあと、ジェイドを見た。

 視線に気が付いたふたりは、お互いにまじまじと見つめ合う。


「私と……ジェイドが婚約ですか?」

「悪い話じゃないだろう。ふたりとも庶民出身の側近だ。立場が同じだから、婚約したところで派閥のバランスは変わらない。何年も前からの同僚というのも都合がいい。結婚を誓ったところで誰も不審に思わないだろう」

「……確かに、ボクたちならお互いに他意がないのはわかりきってる」

「遠慮なく利用し合えて楽ですね」

「フィーア? ジェイド?」


 いいの?

 そんな理由で婚約しちゃっていいの? 君たち。


「フィーア、婚約しよう」

「喜んで」


 ふたりはがしっと握手を交わした。

 いまだかつて、こんなにムードのないプロポーズがあっただろうか。

 あれー? 婚約とか結婚とか、もっとロマンのあるものだと思ってたんだけど?


「そのまま結婚することになっちゃったらどうするのよ、ふたりとも」

「カモフラージュ結婚すればいいんじゃないかな。どうせ、お嬢様が結婚するころには、ボクも結婚しておかないと側にいられないし」

「なにそれ」

「お嬢様は異性だから。独身のままずっと仕えてると、変な噂になっちゃうんだよね」


 それはわかるけどさあ!


「私も近いうちに出産しないといけないので、相手が必要です」


 今度は侍女が爆弾発言を始めた。出産って何だ、出産って。


「ええ……? 子供がほしいの? フィーア……」

「はい。ご主人様の御子をお育てするには、私自身が母乳の出る体になっておかなくては」

「Oh……」


 フィーアの忠誠心はありがたい。彼女のように一生をかけて仕えてくれる部下なんか、そうそう他に見つからないだろう。

 しかし、コレはさすがに行き過ぎなんじゃないだろうか。


「フィーア、ジェイド、あなたたちの主人として、ふたりの婚約を認めます」

「ご主人様、ありがとうございます!」

「ただし、それは婚約まで!」

「え?」


 私が断言すると、フィーアがきょとんとした顔になった。


「正式な結婚と、出産は不許可とします」

「な、何故ですか!」

「当たり前でしょうが! 母乳を出したいから出産したいなんて、許可しないからね! 産まれた子供がかわいそうじゃない!」

「……!」


 本気で悪いと思っていなかったっぽいフィーアは、目を丸くして固まった。

 この世界の結婚なんて、多かれ少なかれ利害が絡むのはわかっている。

 だけど、利害百パーセント婚約はともかく、利害百パーセント出産はダメだ。私の倫理観が許さない。


「ふたりが正式に結婚するのは、ちゃんと恋愛してから。情もないのに子供作ったら、その場でクビにするから!」

「そんなあああ……」


 研究室に、フィーアの悲痛な声が響いた。




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