真綿で首を絞めるような改革

 ゾフィーに頼まれたと言って、王子は木箱を私のところに持ってきた。見たところは、何の変哲もない木箱のようだ。私は後ろに控えているフィーアとジェイドに指示を出す。


「ジェイド、木箱を受け取って危険物チェックお願い」

「かしこまりました」


 ジェイドはさっとふたりから木箱を受け取ると、すぐに作業を始めた。彼ならゾフィーがどんな悪戯を仕掛けていても、全部見抜くだろう。


「リリアーナ嬢……そんなチェック必要ないだろう。彼女も同じ学年の生徒だ」

「彼女に限った話ではありません。新たに持ち込まれた機材はチェックする、全体のルールです」


 それに、アイリスとゾフィーはミセス・メイプルにどれだけお説教されても行動を改めない、筋金入りの王妃派だからね!

 しかし……。


「彼女はみんなの力になろうと努力する、いい子だぞ? 何もあるはずがない」


 王子の目にはこう見えちゃってるんだよなあ。

 私は、心の中でもう何度ついたか知れないため息をついた。

 王子にとって、私やヴァンたちは王立学園入学で顔を合わせた、比較的新しい知人だ。それに対して、アイリスたち王妃派生徒は子供のころから王宮で顔を合わせてきた、いわゆる幼なじみである。しかも、彼女たちは王子に気に入られようと、常に一番いい顔を見せてきた。

 私たちの評価はどうあれ、彼にとってはいつも親切にしてくれた優しい女の子なのである。

 そんな彼女たちを一方的に断罪して排除したらどうなるか。

 彼女たちをかばう王子と騎士科の大戦争になってしまうのがオチだ。

 将来騎士科を率いる立場の王子がそんなことをしたら、王室改革どころではない。

 だから面倒でも、ひとりひとりゆっくりと穏便に、王妃派生徒の意識改革を進めてきたのである。


「彼女ひとりの話はしてません。ただ事故が続いているから、細かいチェック体制をしいているだけです」

「それは……そうだが。あまりに厳しすぎるんじゃないか」


 箱を渡してきたゾフィーあたりが、『厳しすぎてつらい……』とでも言ったんだろうか。原因を作ったのは彼女自身なんだが。


「私は、女子部を束ねる者として責任があります。このルールは変えられません」

「……そうか」

「お話はこれで終わりですか? 私はまだ仕事がありますので」

「ええと……」

「リリィ様、大道具用の染料をお持ちしましたわ!」


 ドアが開いて、アイリスが入ってきた。その手には小ぶりなバケツほどの容器がある。

 ちょっと待て、染料? なんでこんなタイミングで?


「アイリス、あなたは小道具班の在庫チェックがお仕事でしょう! 大道具用の資材なんか、関係ないはず……!」

「その関係ないはずの染料が小道具班に届いたんです。どちらにお持ちすればよいですか?」

「わざわざ持ってこなくていいわよ!」


 私の静止も聞かずに、アイリスは染料の入った容器ごとこっちに来る。遠目にも、その容器のフタがぐらぐらしているのがわかる。


「止まりなさい!」

「あっ」


 私たちのすぐ目の前でアイリスが躓いた。いや、わざと躓いた。

 彼女の手から染料がすっぽ抜ける。その先にいるのは私じゃない、セシリアだ。そして彼女の手には一か月以上かけて製作した聖女のベールがある。

 やめてえええええええ!

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