デスマーチプロジェクト
長期プロジェクトには、だいたい不測の事態がつきものである。
長くやっているうちに最初は見えなかった問題がでてきたり、出来るはずのことが出来なくて、方針転換をしたり。
仕事に慣れたプロでもよく起きる問題だ。まして、私たちはまだ学生、見通しの甘さが大問題を引き起こす、なんてこともよくある。だから学年演劇はかなり余裕をもってスケジュールが立てられていた。遅れが出た場合の予備日も確保してあった。
しかし、学期末に迫る初夏、上演まで一か月を切った現在の私たちは、修羅場のさなかにいた。
スケジュールが押しに押していたからだ。
「リリィ様、小道具の剣の修理が終わりました」
「ありがとう、ジェイドにチェックさせるからそっちの棚に置いておいて」
「リリィ様、布地の再発注の件ですが……」
「もうできてるわ。フィーア、彼女にファイルを渡してあげて」
「かしこまりました」
事前に用意していた注文書をフィーアが女子生徒に渡す。彼女はそれを大事そうにぎゅっと胸に抱きしめた。
「ペアの子と一緒に、それを教務課に届けてちょうだい。途中で誰に見せても、渡してもダメよ。いい?」
「はいっ!」
少女たちはぱたぱたと走っていった。私は中断していた作業を再開する。
「レース編み……あとちょっと……」
「リリィ様、少し休憩してください。ここのレースは私がやっておきますから」
セシリアが私の手を押さえた。
「でも、今日中に仕上げないとだし」
「この数か月でスキルが上がったので、私ひとりで大丈夫ですよ。リリィ様はリリィ様にしかできないことに、集中してください」
「味方の成長チート、頼りになるぅぅぅ……」
私は編み物の道具から手を離すと、椅子の背もたれにぐったりと体を預けた。
王子の婚約者で侯爵家のご令嬢、その上領主代理経験者ということで、私は自然発生的に女子部生徒全体のまとめ役になっていた。
大道具の設計から、小道具の製作、衣装のデザイン、なんなら男子生徒の演舞指導コーチの手配にまで私が関わっている。
本来、いかに学級委員ポジといっても一生徒がここまで企画に関わることはない。
ほとんどは各担当班のリーダーが処理するべき問題だ。しかし、そうできない事情がある。
私の評判を落としたい王妃派生徒が、作業を妨害しまくっているからだ。
ちょっと目を離したすきに備品が消えている、なんてのはかわいい方で、設計書の数字が書き換えられているとか、演舞用の武器が壊れるよう細工されてるとか、シャレにならない内容も多い。セシリアが編んでいるこのレースのベールも、実は三枚目だ。しかも腹がたつことに、これら全部の悪戯で私に疑いが向くように仕掛けが施されている。
全部証拠つきで身の潔白を証明し続けてるけど、疑いは疑い。いちいち説明するのも面倒くさいんだよ!
「リリィ、この間の雨でダメになった小道具、全部修理が終わったわよ」
「ありがとう、ライラ~……」
段取り上手の商人の娘、頼りになる。
「さっき、各班を回ってきたけど、全体の雰囲気は落ち着いてきてるわ。妨害しようって子はもうほとんど残ってないみたい」
「やっとかあ~……」
「チェック体制の強化と、ミセス・メイプルの根気強い指導のおかげね。王妃派の子たちって、そもそも価値観が歪んでるから、大変だったと思うわ」
妨害を阻止する最短の方法は、問題を起こす生徒の排除だ。犯罪行為の証拠を掴み、それなりの処分を与えて学校から追い出してしまえばいい。
しかし、彼らはまだ15歳。やっと社交界に足を踏み入れたばかりの子供だ。
小さなころから王妃の悪意にさらされた彼らは、加害者であると同時に被害者でもある。
一歩足を踏み外したら最後、這い上がる余地すらない貴族社会で、切り捨ててしまうのはかわいそうすぎる。
「あんたのその温情、いつか身を滅ぼすわよ」
「そうならないようがんばる……」
それに、これは私のためだけじゃない。
「王子、何を持ってらっしゃるんですか?」
私は教室に入ってきた王子とヘルムートに声をかけた。彼らの手には一抱え程度の大きさの木箱がある。
「ゾフィーに頼まれた工具を運んできたんだが」
「またですか……」
この方針は、王子のためでもある。
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