幕間:王子様の純情(オリヴァー視点)

「……と、これで最後か。ケヴィン、チェックを頼む」


 深夜、サロンのテーブルに向かっていた俺は、最後の一行を書き終えて顔をあげた。できたばかりの紙片を、隣で作業していたケヴィンに渡す。彼は素早く文面を確認し始めた。


「オリヴァーがやってたので最後か。思ったより早く終わったな」


 俺の向かいで、同じ作業をしていたヴァンがう~んと延びをした。


「リリィが渡してくれた『写本づくりのコツ』メモが役に立ったね」

「大人数で効率よく作業する方法まであったのは助かりました」


 ヘルムートがテーブルの上を見る。そこには、バラバラになった台本があった。いちいち1冊の本を回しながら複写していたのでは効率が悪いから、と一旦本をほどいてそれぞれが担当ページを複数枚写していたのだ。


「仕事の仕方ひとつで、こんなに効率が上がるなんて……リリアーナ嬢はすごいな」


 素直に感想を口にすると、ヴァンが肩をすくめる。


「あそこは、いろいろあったからな。並の令嬢の十人分くらいの仕事をこなさねーと、やってけなかったんだろ」

「その、いろいろ中でヴァンやケヴィンと友達になったん……だよね」


 俺が探るような視線を向けると、ふたりが真顔になった。


「なに、お前リリィに興味あんの」

「婚約者だからね」


 彼らふたりがリリィと気安く呼ぶのが気になるくらいは。今まで特に咎めるようなことをしてこなかったのは、ふたりが婚約者持ちとゲイだからだ。


「婚約者っていっても、母親に言われてプロポーズしただけだろ?」

「プロポーズしただけ、って……人生の重大事じゃないか。確かに、きっかけは母様だったけど……それだって、彼女が俺の伴侶にふさわしいって思ったから、勧めてくれたわけだし」

「母親がお前を想って……ね」


 ヴァンの目がすうっと細くなる。

 彼は時々、よくわからないタイミングでこの顔をする。怒っているのとは違うようだが、その感情ははかりかねた。


「それに実際話してみたら、すごくいい子だったし。騎士科生徒のために、自分の活躍を譲るなんて、そうそうできないよ。それに、今日の写本の知識もすごく役に立った。彼女とはいい夫婦になりたいな」


 そう言うと、ヴァンは大きなため息をつく。


「お前、そういうところマジで素直なんだよな……」

「そ、そうかな?」

「褒めてねえよ」


 ヴァンの肩をケヴィンが『言い過ぎ』と叩く。しかし、何が何を言い過ぎたのか、よくわからない。どこに変なところがあったんだろうか。


「リリアーナ嬢は俺が花束を渡したとき、涙を流してくれたんだ」

「おい……」

「うれし涙だって、言ってた。こんなに綺麗な子が、泣くほど喜んでくれた縁談なんだ。俺は、一生をかけて彼女を幸せにしてあげたい」


 今でもあの時の美しい姿は目に焼き付いている。きっとこの感情を初恋というんだろう。

 しかしその思考は、途中で邪魔された。ヴァンがまた重いため息をついたからだ。


「な、なに? ヴァン」

「お前は……その興味と感情を、花束を渡す前に持つべきだった」

「どういう意味だ? 花束を渡したから、彼女は泣いてくれたんだぞ」

「世の中には、取返しのつかねえ順番ってモンがあるんだよ……」


 そう言うヴァンの顔は、俺を非難しているくせに、ひどく傷ついているようだった。ケヴィンも難しい顔で俯いている。ヘルムートを見たが、彼もヴァンたちの感情がわからないようだった。


 でも、わからないなりに、彼らが何かを深刻にとらえているのはわかる。

 俺は何を間違えたというんだろう。



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