デッドロック

「建国王に恋した聖女が、七勇士の力を束ねて厄災の神を封印した」


 建国神話を一言で表すとこうだ。

 お話の中で、最も重要な要素は聖女の恋する乙女パワー。だから建国神話は歴史もの、軍記ものであると同時にロマンスでもある。

 つまり、建国神話も要所要所にラブラブイベントが指し挟まるのである!

 私が建国神話を桃太郎とか言わずに『白雪姫』とか『シンデレラ』と言っていたのもそのせいだ。中でも最後の戦いに向かう建国王と聖女がキスする場面は、屈指の人気シーンである。

 舞台の演出とはいえ、若い男女が人前でいちゃいちゃするのはそれなりにタブーだ。だから、建国王と聖女は婚約者同士がやるのが慣例。今回の建国王オリヴァーの婚約者といったら私だから、その流れでいくと私が聖女をやるのが当然の話なわけで。

 当然だからって、引き受けたいもんじゃないけどね!

 ゲームの悪役令嬢リリアーナは、鼻息荒く『婚約者の! わたくしが! 聖女でしてよ!』って再三主張していた。しかし今の私は別人だ。何が悲しくて好きな人の指導のもと、別の男の恋人役をやらなくてはいけないのか。


「聖女役なんて光栄ですわ、モントーレ先生。でも、私はこんな黒髪でしょう? 聖女様は輝くようなストロベリーブロンドだと伝えられています。私なんかより、もっと似合う子が……」


 そう言いながら、セシリアに視線を向けようとしたら、彼女は既に教室の端へと避難していた。

 おーい、君が恋愛を恐怖してるのは知ってるけどさ。

 話を振る前に全力で逃げちゃうのはどうかと思うの。


「リリアーナ様に自信がないというのなから、他の女子でもいいんじゃないですか?」


 私たちとは反対側に座っていた女の子が手をあげて言った。アイリスだ。隣に座っているゾフィーも彼女の発言に乗っかる。


「リリアーナ様の言う通り、聖女様の衣装は明るい髪色の子が似合いますもの」


 そう言って、彼女は自分のやや濃いめの金髪をかきあげる。


「建国神話を熟知している子もたくさんいますわ。きっと素敵な演技をしましてよ」


 そういうアイリスの手には去年までの台本が握られている。上級生の誰かから入手したものなのだろう。彼女たちは明確に聖女の座、そして王子のお相手の座を狙っていた。

 私と王子の間がぎくしゃくしているのを知った上での行動だろう。

 いい度胸をしていらっしゃる。


 本音を言えば、聖女の役なんて誰かにあげてしまいたい。

 ただしアイリスとゾフィー、テメーらはダメだ。

 婚約者持ちの王子の恋人役に立候補するような王妃派女子の好きにさせたら、それはそれで別の面倒ごとに発展する。先のことを考えれば、王子は王妃派とできるだけ距離を取らせたい。


 王子にはセシリアみたいな普通のいい子と仲良くなってほしい。しかし、まともなお嬢様は私が隣にいるのを見た時点で、恋の芽が生まれないよう礼儀正しく距離をとってしまう。

 私が婚約解消するには王子のお相手が必要、王子のお相手を探すには私との婚約解消が必要。

 なんだこの地獄のデッドロック状態。

 解決できない条件式は、バグって言いませんか!


「リリアーナ」


 モントーレ先生が口を開く。私の名前を呼んだだけ、ってことは私の判断でこの状況を収めろってことなんだろう。ヴァンとケヴィンも私をじっと見ている。

 フォローする様子がないから、ここはお前が折れろってことっぽい。

 最後にドリーを見たら、彼女は眉間に皺を寄せたまま肩をすくめた。


 ……しょうがない。


「わかりました。聖女役、精一杯つとめさせていただきます」

「ええ、お願いね」


 私の返答を聞いて、モントーレ先生はにっこり笑った。




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