ちょっとしたイタズラ
ダンス担当教師モントーレ先生はぐるっと部屋を見回したあと、自信なさげに端っこに立っているセシリアを見た。
「最後に教室に入ってきたあなた……名前は?」
「セシリア……ラインヘルトです」
「ではセシリア、前に出て」
「わ、私が最初ですかぁ……!? そそそそそそんな恐れ多い! 私より上手な方はたくさんいます。私はみなさんが踊り終わった後で隅っこでちょっと踊るだけでいいですから」
セシリアのマシンガン弱気トークにも、モントーレ先生は笑みを崩さない。
「踊りの上手下手は関係ありません。このレッスンはみんなが楽しく踊るためにあるのですから。さあ、前に出て」
「うぅぅぅ……」
「書いてあるのは、基礎の簡単なステップですからね。難しく考えなくても大丈夫ですよ」
セシリアはおっかなびっくり前に出る。
その様子を見ていると、すっとアイリスとゾフィーが近づいてきた。
「あらあら、あんなに緊張して大丈夫かしら」
「手足をぷるぷるさせて、まるで産まれたての動物みたい」
クスクス、と彼女たちは笑っている。何かたくらんでいるのは明らかだ。
私が黙っていると、彼女たちはセシリアの持っている振り付け用紙をに視線を送る。彼女たちにつられてそれを見た私は、やっと悪戯に気が付いた。
セシリアの紙だけ、振りつけが違う。
詳しくはわからないけど、明らかにイラストの密度が違った。基礎のステップじゃない、かなりハイレベルな内容だ。
「うまく、『振り付けの通り』踊れるかしら」
「ふふ、わざと複雑なことをして、大失敗しないといいけど」
振り付け用紙をすり替えたのは君たちだろーが!!
手品の種は簡単だ。
私たち特別室組の教室入りが遅れているのを知った彼女たちは、配布される紙の一番下だけをハイレベルな内容にすり替えたんだろう。用紙の紛れこみはよくある話だ。
私達が内容の違いに気づいて、悪戯が不発になってもダメージはゼロ。もし気づかずに私たちの誰かが踊って失敗したら、大成功というわけだ。
「あんたたち……何てことしたの」
私はさあっと顔から血の気が引いていくのを感じていた。
君たちは、なんだってまたセシリアに悪戯をしかけたんだ。
そんなことしたら、とんでもないことになるぞ。
「まああああっ! すばらしいわっ!」
レッスン室にモントーレ先生の嬉しそうな声が響いた。
「え……」
アイリスたち王妃派の女の子たちは、絶句する。私もその光景を見て言葉を失った。
そこには複雑なステップを軽やかに踊る少女がいた。みんなと同じ制服を着ているはずなのに、妖精が花と一緒に舞っている幻が見える。
ハイレベルな振り付けを渡されたセシリアは、その全てを完璧に踊り切った。
無尽蔵の体力に天性のリズム感。一度見た振り付けは全て完璧に踊り切って見せる理解力と記憶力。間違いなく白百合と同レベルの天才である。
「え……私、何かやっちゃいましたか?」
立ち止まったセシリアは、踊っていたときとは打って変わって自信なさげにおろおろと辺りを見回す。モントーレ先生は目をきらきらさせてセシリアをハグした。
「こんなに素晴らしいダンサーは白百合以来……いえ、白百合以上ですわ!」
「ええええええっ、わ、わわ私は振りつけの通りに踊っただけです! ききき、基礎のステップなんですから、誰にだってできますよっ!」
「あら、別の紙が混ざってたみたいね。あなたの振り付けは、最高難易度のステップよ」
「えええええええ………」
この日、授業の陰で行われていた『女子対抗ダンス勝負』はぶっちぎりでセシリアが勝利をおさめた。
当然、私とアイリスたちとの勝負はドローだ。
聖女ヒロイン、やべえ。
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