噂のあの子は私じゃない

「うう……どうしてこんなことに……」


 しょんぼり、と肩を落として歩きながら、セシリアがため息をついた。その横で私は苦笑する。


 セシリアが女子対抗ダンス対決をぶちこわしにしてから3日。

 彼女がぶちこわしにしたのは、ダンスの授業だけではなかった。歴史学をやらせれば定説の誤りを指摘し、社会学をやらせれば統計の矛盾点を指摘、数学のテストでは教師が冗談で付け加えた超難問に正解する。

 全ての授業をぶちこわしまくったセシリアは、今や女子部で最も注目される生徒だ。


 あまりのことに、『王子と電撃婚約したトンデモ侯爵令嬢』のことなんて、みんなすっかり忘れてしまっている。

 今こうやって歩いていても、すれ違う生徒が目を向けるのはセシリアのほうである。

 侯爵令嬢として矢面に立つことが多かった私が、逆に忘れられるのは珍しい。

 おかげで私自身はぐっと動きやすくなった。

 なるほど、フランが私を囮にして暗躍したがるわけだ。

 派手な女の子がいたら、みんなその後ろにいる影なんか目を向けないもんねー!


「ダリ兄の嘘つき……王都の子供は小さいころから家庭教師にみっちり教育されているから、これくらいの勉強できて当たり前だって言ってたのに……全然違うじゃないですかああああ……」

「それはダリオの作戦でしょうね」


 ここ数日、セシリアを観察してたけど、彼女は『普通の生徒』であることにこだわりがあるようだった。騒がず目立たず、女子の群れの端っこでおとなしくしていたい。それが彼女の希望だ。

 しかし、運命の女神が彼女に与えたのは万能の才覚と成長チート。

 うもれさせてしまうには、あまりに惜しい。


「下手に本当のレベルを教えたら、本気で勉強に取り組まないって、見透かされてたのよ」

「そんなところまで察しが良くなくてもいいのにぃぃ……」


 セシリアは涙目になる。護衛のために後ろに控えていたフィーアが口をはさんだ。


「差し出がましいようですが、セシリア様はご自分が有能であるということを、お認めになったほうがよろしいかと」

「私はそんなんじゃ……」

「セシリア様がどう思われようと、すでに周りはあなたの力を認めています。極端な過小評価は、無用なトラブルの原因となりますよ」

「フィーアさん……」

「自身を正確に把握し、振舞っていただいたほうが、ご主人様への影響が少なくてすみます」


 結局ツッコミの理由はそこかい。

 身もふたもないセリフに、セシリアは一瞬あっけにとられたあと笑い出した。


「そういうところは、やっぱりフィーアさんなんですね……」

「私は御主人様のためにここにいますから」

「……まずは次の授業から、少し行動を改めてみたら? 新しい授業で、女子部のクラスメイトも少ないし」


 今私たちが向かっているのは、魔法科の講義室だ。女子は婚約者かそれなりの人物の推薦状がなければ受講できない。クリスやライラがいない代わりに、アイリーンたち面倒な王妃派女子もいないのだ。

 周りの女子の反応にいちいち怯えず、自分のふるまいを見つめ直すいい機会だ。


「でも……今度は男子生徒がいるんですよね?」

「そっちは大丈夫。騎士科には頼れる友達がいるから」


 いざとなったら、ヴァンかケヴィンのどっちか盾になってもらおう。そう考えていると、講義室の間に作られた中庭から声がかかった。


「やあ、リリィ」

「えっと……ケヴィン……ごきげんよう?」


 久しぶりに会う友達だっていうのに、私は思わず挨拶に疑問符をつけてしまって。でもそれはしょうがないと思う。

 だって、ケヴィンは右に3人、左にも3人。合計6人もの女の子を侍らせていたのだから。






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