負け戦はしない主義

 ダンス用のレッスン室に移動しながら、私はライラたちに自分のダンスレベルを説明する。


「ダンスの練習はちゃんとやってたわ。白百合の娘が、ダンスなんか全然踊れません、じゃ困るから」


 ランニングと筋トレ、某国民的ラジオな体操は私の日課だ。ダンスに必要な基礎練習を欠かしたことはない。


「だから、人並み以上には踊れるの」


 音楽プレイヤーも、レッスン動画もないこの世界では、ダンスの差は教育環境の差でもある。お金持ちのハルバード城では、専属ダンスコーチと楽士侍女を常駐させ、常に最高の環境で教育してくれた。だから、踊れることは踊れるのだ。


「でも……結局『人並み以上』程度なのよね……私のダンスって。どう頑張ってもダンスの申し子『白百合』には手が届かないの」

「嘘でしょ……」


 ライラはまだ信じられないみたいだ。しかし、事実は事実。


「私がいくら健康で体力があるからって、毎日5時間夢中で踊り続けて、ケロっとしてるハイパーダンサーと同じことはできないわ」


 無尽蔵の体力に天性のリズム感。その上、一度見た振り付けは全て完璧に踊り切って見せる理解力と記憶力。

 あんな天才に対抗するなんて、女子高生が金メダリストと張り合うようなものである。

 普通に無理だ。


「だから、あのふたりにダンス勝負を持ち掛けられたら、負けるかもね」

「なにしれっとした顔で、負け前提の話をしてるのよ……」

「こういう勝負は、勝ち前提で行動すると痛い目みるからねえ」


 補佐官に勝負を持ち掛けて、何度返り討ちにあったことか。だが、私もただ勝負に負け続けてきたわけじゃない。負けたらどうするか、負けないためにはどうするべきかを学んできた。


「ふふ、対抗策ならあるわよ。私も彼女たちと同じことをすればいいの」

「同じ?」


 クリスが首をかしげる。


「負けが見えてる勝負はしない! アイリスたちから喧嘩を売られても買わなければいいのよ」


 自分がピンチになるとわかっていて、同じ土俵に乗る必要はない。相手がダンス勝負をもちかけるなら、ダンス以外の勝負に持ち込めばいいのだ。


「それが本当にできたらいいですけど……」


 そこの護衛、心配そうな顔にならない。

 確かに理由次第では、明らかにヤバそうな喧嘩でも買うとこあるけどさあ!

 そこまで信用されないと、傷ついちゃうぞー!


「それくらいの判断力はあるわよ」


 ぼやきながら、私はレッスン室のドアをあけた。

 そこには、すでに集まっていた同級生と、ダンス教師の姿がある。話しながら歩いていたせいで、私たちが最後になったみたいだ。


「遅れてすいません」


 私が頭を下げると、先生はにこりと上品に笑った。


「大丈夫よ、まだ始業ではないから。あちらのテーブルに置いてある紙を一枚ずつとって、壁際に並んでちょうだい」

「はーい」


 私を先頭にして、先生の指示通り移動する。全員がお行儀よく並んだのを確認すると、先生は授業を開始した。


「はじめまして、みなさん。私が一年生のダンス講師のルーナ・モントーレです」


 挨拶をするモントーレ先生はそれだけで所作が美しい。さすが、王立学園でダンスを教えるだけのことはある。


「これから3年間ダンスを学んでいただきますが、まずはあなた方がどれだけ踊れるのか確認いたします。手元の紙を見てください」


 指示通り紙を見ると、そこには簡単なイラストでダンスの振り付けが書かれていた。この振り付けは見たことがある。誰でも最初に習う、基本のステップだ。

 振り付け用紙がだいぶ使い込まれていることから察するに、モントーレ先生はあらかじめ振り付けを配布して解説してから、実技に入るスタイルっぽい。


「私が手拍子をするので、呼ばれた子から順番に書いてある通りに踊ってください」


 ただ見ただけではダンスの腕前はわからない。実際に踊らせてみて、おおまかな実力を測るつもりみたいだ。とはいえ踊るのは基本中の基本だし、アイリスたちがいくら上手でも大きな差はできないだろう。


 ほっとして紙から顔をあげた瞬間、アイリスとゾフィーと目があった。彼女たちは私を見て、にや~っと笑う。



 君たち、何か悪戯を仕掛けたね?



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