嵐の前
「講義室に入ったら、またアイリスたちが絡んでくると思ったけど……結構平和ねえ」
その日の午後、私はあくび混じりにそんな感想をもらした。私の横で、クリスもノートを持ち直しながらうなずく。
「何かあったら、かばおうと思って警戒していたんだがな」
私は講義の終わった教室を見る。
そこでは、同じ制服を身にまとった同学年の女の子たちが、それぞれ筆記用具を手に次の講義が行われる教室へと移動を始めていた。
王立学園には、現代日本のようなクラス分けは存在しない。固定クラスがないから、席順とか席替えとかもない。各々、事前に受講申請した教室を回って、卒業までに必要な単位をそろえる形式だ。そこだけ見ると、大学っぽい。通ったことないけど。
必修科目の時には同じ教室に同級生が集まるけど、それだけだ。アイリスたち王妃派の女の子が部屋の奥に陣取っていても、その反対側に座っていれば問題ない。
「要は近づかなければいい、ってことね」
「う~ん、それはどうかな……」
私たちを見ていたライラが、首をひねる。
「タイミングを見計らってるだけかも」
「そのココロは?」
推理の根拠を尋ねてみる。
ライラは教室を出ていくアイリスとゾフィーに視線を向けた。ふたりは、わざわざこっちをじろっと睨んでから教室を出ていく。それを見てセシリアがびくっと身をすくませた。
「まず第一の根拠は、あの態度よ。あの子たち、ぜんっぜん反省してないでしょ」
「みたいだね……」
ミセス・メイプルのお説教は彼女たちに響かなかったらしい。
「第二に……あの子たちって、自分たちの勝利を確信したときだけ、喧嘩をしかけてくるんでしょ? 座学じゃ勝ち目がないからおとなしくしてるんじゃない」
「うん……? 座学勝負で絶対に勝てるほど、私の頭は良くないわよ」
暗算は得意だけど、暗記科目その他はそれなりだ。領主仕事に追われて、勉強できなかった時期もある。事前にフランから授業内容を教えてもらってるから理解できてるけど、それがなかったら平均点をとるのがやっとだろう。
対して、彼女たちは王妃にお目通りが叶うレベルの貴族だ。教育にたっぷり投資されて育った彼女たちが、私より成績が良くてもおかしくない。
「でも、あの子たちは王妃派でしょ? 去年まで王妃様が進めてきたカリキュラムといえば、ダンスや音楽とかの芸事ばかりだったから」
「あー……王妃の教育方針に従って、そればっかり勉強しちゃってたのか……」
彼女たちは両親家族含めて王妃派だ。王妃様の教育指導方針を肯定する立場として、娘に数学や社会学を学ばせたりできないだろう。
「だとしたら、仕掛けてくるのは次の必修ダンスの授業か」
うむうむ、とクリスが納得する。ライラは苦笑した。
「でも、大丈夫よね。なんといっても、あなたは『白百合』の娘なんだし」
「いや普通に負ける可能性はあるよ」
「はあ?!」
私の自己評価を聞いて、ライラが目を丸くする。
だって、私は『白百合の娘』でしかないからね!
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