ダリ兄
「た、たいした話じゃないんですよ? 面白くもないので、そのままにしておいてもいいんじゃないでしょうか」
セシリアの『ダリ兄』呼びについて突っ込むと、彼女はぷるぷると震えながら視線をさまよわせた。私はひらひらと手を振る。
「まあまあ、たいした話じゃないなら、話してもいいじゃない」
「そういうのは、秘密にしてると余計勘ぐられるわよ」
「ええー……」
私とライラに言われて、セシリアは肩を落とした。ゆっくりと事情を話し始める。
「…………もう、ご存知かもしれませんが、うちの家は断絶寸前でカトラス家の保護を受けています。実家でひとり暮らしは危ないから、とカトラスのお城に引き取られたときにダリ兄が『家族として扱うから、家族として呼んでほしい』とおっしゃって……思わず『お父様』と呼んだら、いついかなる状況でも『ダリ兄』以外の呼び方は許さない、と命令されてしまったんです!」
「ぶふっ……!」
私は思わず吹き出してしまった。
ダリオには悪いが、これは笑うしかない。ちょっと横を見ると、フィーアも無表情を装いながら、ネコミミをぴこぴこと揺らしている。
ちょっと濃いめのイケメンマスクのせいで老けて見られがちだけど、ダリオはまだぎりぎり二十代だったはずだ。その歳でセシリアくらいの女の子に『お父様』と呼ばれたらショックに違いない。
「ダリ兄の機嫌を損ねてしまった私が悪いんです……! ただでさえラインヘルト家はお荷物だというのに、これ以上ご迷惑をおかけするわけには……」
「ぶふっ……いやそれ、単純にショックだっただけだと思うわよ」
「しかし……」
「本気で怒ってたら、わざわざ『ダリ兄』に訂正しないでしょ」
うちに保冷庫を持ってきたとき、ダリオは楽しそうにセシリアの話をしていた。他学部の授業を受けさせたり、寮母に口ぞえしたりとあれこれ世話を焼く姿は、突然増えた妹がかわいいただのお兄ちゃんである。
「カトラス候がそんなにおもしろい方だとは、知らなかったな」
クリスも笑う。公式記録ではお見合いしたことになってるけど、実は一度も会ったことのない人だからねえ。
「私にとっては、会うたびクソガキ扱いする失礼な奴だけどねー」
「それ、絶対原因はリリィにあるでしょ」
ライラはあきれ顔だ。
「え~ちょっと債権者であることをかさに着てるだけだよー」
「やっぱり原因はリリィじゃない!」
わはは、ばれたか。
「ご主人様、そろそろ時間です。食器を片付けて教室に向かわなくては」
ダリオの話で盛り上がっているうちに、いつの間にか時間が経っていたらしい。私たちは、それぞれ手分けして食器をワゴンに戻すと席から立った。
一度個室に戻って筆記用具を取ってこなくちゃ。
サロンから出ていこうとした私たちの背中に、ライラが声をかける。
「クリス、リリィ、ふたりとも胸の『赤薔薇』を忘れてるわよ」
おっと、そうだった。
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