契りの赤薔薇
私は自室から筆記用具と一緒に小さなバラのブローチを持ってくると、ローブの胸元の目立つ位置につけた。クリスも同じように胸元に赤いバラを付ける。
「ふたりとも、婚約者がいるんだからバラを忘れちゃダメよ」
「は~い」
ライラに言われて、私とクリスは異口同音に返事をした。
「装飾品が増えるのは面倒だな」
「でも、バラを忘れて男子生徒に声をかけられたら、そっちのほうが面倒ごとになるしねえ」
私はため息をつく。
王立学園は、地方貴族にとって大事なお見合いの場だ。他の社交場よりも男女の交流が広く認められている。だがもちろん、声をかけてはいけない相手もいる。それが既に婚約者のいる生徒だ。
お互いに不幸な事故を避けるため、結婚が決まっている生徒は相手から贈られた赤薔薇のブローチを胸につけることが慣例となっている。
クリスはヴァンから、私は王子から贈られたものを身に着ける。ちなみに、入学歓迎パーティーの前にフランからもらった手作りのバラは部屋の宝石箱の中だ。正直、王子がよこしてきたバラは捨てたいが、そうもいかない。
ゲーム内の悪役令嬢リリアーナは、ことあるごとに赤薔薇を見せつけて「私が! 王子の婚約者ですのよ!」と主張してたけど。
「……そうやって、結局目印をつけるくらいなら制服自体を廃止してもらいたいですね」
私たちの支度を見ていたフィーアが面倒そうに言う。
「そんなにおかしい?」
「おかしいというか、みんな同じ服に同じような髪型なので、区別がつきづらいんですよ。不審者の選別が難しくなります」
年ごろも一緒だからなあ。クリスやセシリアみたいに目立つ髪ならともかく、暗い髪色の子はみんな一瞬で集団にまぎれてしまう。
「男子が制服を着るのはわかります。あちらは騎士を育てる場なのですから。でも、女子は関係ないでしょう」
現在、王立学園では男女ともに制服着用が義務付けられている。男子は王国正規軍制服を簡略化したものを。女子はシンプルなワンピースの上から学園の紋章入りのローブを羽織っている。
男子が制服を着るのは、必要なことだ。騎士教育とは軍人教育。同一装備で同一行動ができるよう訓練しなければならない。
しかし、女子は一般教養を学ぶだけだ。それだけ見れば制服を着る必要はない。
「んん~……それにはちょっと情けない理由があるんだよねえ」
事情の裏側を知っている私は、苦笑した。
「赤薔薇ひとつとってもわかる通り、ここはお見合いの場じゃない? だから、女子部ができた当初は、みんなこぞって着飾って授業に出てたのよ」
「まあそうなりますよね」
「ちょっとしたおしゃれならいいけど、みんな自分をアピールするために、どんどん派手になって、毎日が夜会状態になっちゃったのよ」
これでは授業にならない、と判断した学園側が制服着用ルールを課したのだ。
さらに、服が一緒なら髪型を、髪型が一緒なら髪飾りを、髪飾りがダメなら靴下を、といたちごっこが繰り広げられた結果、現在では『制服の改造禁止、髪はまとめて、ヘアピンは装飾なしの黒のみ、夜会のような過度の巻き髪禁止、靴下は白のみ』というブラック校則もびっくりな服装規定ができあがっている。
どこの世界でも学生がしでかすことは一緒だね!
「……女子って」
フィーアが額に手をあてた。ネコミミがへなっと垂れてるから、多分呆れてるんだと思う。
「ここの国というか……王立学園の女子は、学校生活が縁談とか派閥とかに直結してるぶん、特別面倒くさいことになってるのよね」
女子グループ的なものはあっても、家のパワーバランスまで考えることはあまりない現代日本の学生がうらやましくなってくる。
「だからって、逃げたところで問題は解決しないし。どうにかするしかないのよね」
なにせ、ここは貴族ばかりが集まる王立学園。現代日本の学生と違って、卒業したら進路ごとにバイバイするわけじゃない。メンバーのほとんどは、その後も引き続き同じ『ハーティア社交界』で顔を突き合わせ続けるのだ。
卒業後、快適な人間関係の中で暮らしたいなら、まず学生の今から改善しないと。
特に私とクリスは特別室に入居する、産まれながらの学級委員ポジだ。恩恵が多いぶん、下の子たちが安心して暮らせるよう見てあげなくちゃいけない。
「まあ、やるだけやってみましょ」
私が気合をいれていると、セシリアが苦笑する。
「リリィ様は強いですね」
伊達に喧嘩上等侯爵令嬢やってないからね!!!!!
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