寮母の采配
「まずはアイリスたちと何があったのか、教えてちょうだい」
私たちをサロンのソファに座らせると、ミセス・メイプルも座って居住まいを正した。
「すでに、彼女たちから話は聞いてるんじゃないですか?」
ライラは首をかしげる。アイリスみたいなタイプは、印象操作をするため真っ先に教師や寮母にあることないこと言いつける。彼女たち目線の事件詳細は耳に入っているだろう。しかしミセス・メイプルはやんわりと首を振った。
「喧嘩をした子たちがいたら、両方から別々にお話を聞くことにしているの。それぞれに言い分があるはずだから」
ミセス・メイプルの冷静な様子に、私は感心する。身分の高い女子、特に悪役令嬢リリアーナの主張だけ鵜呑みにしてヒロインたちを糾弾していたギスギスマダムとはえらい違いだ。
私たちは、ライラがアイリスに絡まれていたことや、私が割って入ってその場から連れ出したことを説明した。話を止めたりせず、にこにこと笑って聞いていたミセス・メイプルは最後に大きく頷く。
「ありがとう、状況はわかったわ」
「では……」
「ふふ、最初に言ったでしょう? ライラを叱ったり、罰を与えるようなことはないわ。安心してちょうだい」
それを聞いて、私もライラもほっと息を吐く。
「アイリスとゾフィーには、よく言って聞かせることにするわね」
どうやら、彼女たちはお説教コースらしい。それだけ聞けば手ぬるい印象だけど、入寮当日に喧嘩をふっかけて返り討ちにあったあげくに、寮母から説教されるのはご令嬢としてかなりのダメージだろう。
それを聞いて、ライラは腰を浮かせた。
「わかりました。では、私は自分の部屋に戻りますね」
「あ、ちょっと待って」
ミセス・メイプルがライラを引き留めた。彼女は困惑しながらも、ソファに座りなおす。
「あの……私がここにいるのは場違いですから」
「その件なんだけどね、クリス、リリアーナ、ふたりにお願いがあるの。ライラをしばらく特別室で預かってもらえないかしら」
「へ」
私たち3人は同時にきょとんとした。
ミセス・メイプルはへにょ、と眉尻を下げる。
「さっきアイリスたちとお話してきたんだけど、まだ冷静になりきれてなかったの。ライラと顔をあわせたら、きっとまた興奮してしまうわ」
つまり、あのふたりは全然反省してないし、まだまだライラに危害を加えるかもしれないから、引き離しておきたいってことですね?!
「そういうことなら構わない。好きなだけここにいていいよ」
クリスがにこにこ笑って答えた。私も同意見だ。
「どうせなら、そのまま卒業まで同室でいいんじゃない」
そもそもこの広いフロアをふたりだけで使うのはもったいない。折角の寮生活、仲間は多いに越したことはない。
「それはさすがにダメじゃないの? 商人の娘の私がひとりだけ特別室に入れてもらうのもトラブルの種になるわ」
「少々のことは気にしないで。あなたのことはモーニングスター侯爵からくれぐれもよろしく、と頼まれているから。それに、あなただけじゃないの」
ミセス・メイプルはおっとりと爆弾発言を追加する。
「もうひとり、特別室で預かってもらいたい子がいるのよ。特例もふたりいれば、印象は紛れるでしょ?」
「どんな子ですか?」
なんと、問題児がもうひとりいるらしい。
私自身、結構な問題児であることを棚に上げて尋ねてみる。ミセス・メイプルは入り口のドアを振り返った。
「さっき、ここに連れてくるよう副寮母にお願いしたから、そろそろ来るはずなんだけど……」
「えええええええええ、ちょっと待ってください! なんでそこの階段まで上がるんですかっ! 私は下でいいです! なんだったら、地下の物置でもいいですから!!!」
のんびりしたミセス・メイプルの言葉を遮るように、女の子の慌てた声が響いてきた。
なんか聞き覚えのある声だぞ、これ。
「無理無理無理無理無理無理! 特別室なんて雲の上の部屋で生活するなんて、むぅぅーりぃぃー……!!」
バタン! とドアを開いて副寮母らしい女性と一緒に入ってきたのは、ストロベリーブロンドのふわふわ美少女だった。
その姿は忘れようにも忘れようがない。
聖女(予定)のセシリア・ラインヘルト子爵令嬢だ。
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