ミセス・メイプル

「失礼しますよ」


 ノックの音とともに入ってきたのは、地味なワンピースの上からローブを羽織ったおばさまだった。丸顔にたれた目元、体全体のフォルムも丸くて福々しい。丸いのは体だけじゃない。まとっている空気もふんわりと丸く穏やかだ。この世界で現代日本のアイテムに例えるのも変な話だけど、なんだか土産物の福人形っぽい。


「初めまして、リリアーナ、ライラ、フィーア。私は寮母のマーガレット・メイプルよ。気軽にミセス・メイプルと呼んでちょうだい」

「え……」


 私は淑女らしい仕草を忘れて、ミス・メイプルをまじまじと見てしまった。


 ゲームの設定通りなら、ここの寮母は王妃派のギスギスヒステリーマダムだ。間違っても、こんなに優し気で福々しいおばさまではない。

 あれー? この人って、ギスギスマダムをおさえて生徒のフォローをして回ってた副寮母さんじゃなかったっけ? なんで寮母になってんの。


「リリアーナ?」


 ミセス・メイプルのおっとりとした視線が向けられる。

 いかんいかん。初対面のおばさまをじっと見つめたら失礼よね。


「失礼しました、ミセス・メイプル。私はリリアーナ・ハルバードです。本日よりお世話になります」


 私が頭を下げると、ライラ、フィーアと身分の順に自己紹介する。それから私はもう一度頭をさげた。


「申し訳ありません……うっかり寮母は別の方だと勘違いしていたもので……」

「ふふ、気にしないで。確かに私が寮母になったのはつい最近のことだから」

「そうだったんだ」


 クリスが目を丸くする。


「入寮手続きのときに、とても慣れていらっしゃるようだったから、てっきり昔から寮母なのだと思ってた」

「それまでも、ずっと副寮母として勤めていましたからね」

「ええと……前任者の方は……」


 地位に固執する元気なギスギスマダムが早々退職するようには思えないんだけど。

 私が尋ねると、ミセス・メイプルは、へにゃっとちょっとだけ眉を下げた。


「アルヴィン様の学園改革の折に、退職されてねえ」


 兄様の学園改革。その一言と彼女の困った様子で、私はなんとなく何が起きたかを察した。

 きっと、学園全体の改革ついでに女子寮にも査察が入って、退職に追い込まれたんだろう。叩けばもうもうと埃が出る真っ黒マダムだったからなー。


 女子寮トラブルイベントの半分くらいに関わっていた(もう半分は悪役令嬢リリアーナ)マダムがいなくなってたのはありがたい。兄様! そして多分女子部担当のマリィお姉さま! 学園を改革してくれてありがとう!!


「ライラのことであなたたちにお話したいことがあって」


 ミセス・メイプルに視線を向けられて、ライラはびくっと体をふるわせた。


「あ、あの、すぐに特別室から出ていきますから!」

「叱るなら私を叱ってちょうだい。連れ込んだのは私だわ」

「ふ、ふ、ふ。そんなに慌てないで。あなたたちを叱りにきたわけじゃないから」


 ミセス・メイプルはまたおっとりと笑った。




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