特別室にようこそ
「リリアーナ! ちょ、ちょっと待って! 待ってったら!」
「はいはい、もう階段上がっちゃったんだから入る!」
私はツンデレお嬢様ライラを四階特別室のサロンに押し込んだ。
年月を重ねた上質な調度品が私たちを迎え入れる。一歩中に入るなり、ライラは絨毯にへなへなと座り込んだ。
「は……入っちゃった……王族と侯爵家専用サロン……」
「何よー、ライラだってケヴィンと婚約したままだったら、ここに入居してた可能性があったのよ?」
「だから余計に重要性がわかるの! あああああどうしよう……」
「じゃあ、あのまま放っといてほしかった?」
「……それは」
ライラは視線を泳がせる。
公衆の面前での喧嘩はリスキーな行為だ。勝てば力を示すパフォーマンスになるけど、負ければ赤っ恥をかくことになる。だからアイリスたちは吟味に吟味を重ねて、どう言い返されても絶対に勝てる相手としてライラを選んだ。その判断は残酷なほどに正しい。
ソシャゲのPVPと一緒だ。レベルや装備を確認して、これなら勝てると判断したからこそ勝負をふっかけられる。
私が割って入らなければ、ライラは確実に『負け令嬢』のレッテルを貼られていただろう。
「ありがとう……正直な話、助かったわ」
ふう、とライラはため息をつく。喧嘩を仕掛けられたのがショックだったのか、いつもの気の強さが見えない。ライラはちょっとツンとしてるくらいのほうがかわいいのに。
「……でもいいの? こんなことしたら、あなたが寮母に怒られるわよ」
そういえば、ここの寮母は伝統と格式と賄賂と贔屓を重んじる王妃派のギスギスヒステリーおばさまだった。私のしでかしたことを聞いたら、きっと血相変えて怒鳴り込んでくるだろう。でも、逆に言えばその程度のことしか起きない。
さんざん命を狙われて育ってきた私にとって、どうでもいい説教はちょっとうるさいBGMみたいなものだ。
「ちょっと怒られるくらい気にしないで。何もライラだけのためってわけじゃないから」
「どういうこと?」
ライラが目を丸くする。私はずいっとライラに顔を寄せた。
「あの騒ぎを私が見て見ぬふりをしたら、どうなってたと思う?」
「どう……って、私があの子たちに追い払われて終わりでしょ」
「終わりじゃないわよ。あの子たちの行為を認めちゃったら、女子寮では権力をかさに着て下の子たちをいじめていいって空気になるでしょ」
階級社会のこの世界で人類皆平等とまでは言わない。
でも、同級生に身分を気にしてびくびくするような生活をさせたいとも思わない。
「いじめなんてやろうとしても、リリアーナ・ハルバードに恥をかかされるだけだってわからせておかなくちゃ」
私が気合を入れて宣言すると、ライラはくしゃりと表情を崩した。
「あんたのそういうとこ……」
「変かしら」
「ううん、嫌いじゃないわ」
そう言って笑った顔は、ちょっとだけツンとしている。
うんうん、ライラはそのほうが絶対かわいい。
「誰?」
ほっとしていると、部屋の奥から声がかかった。すたすたと迷いのない足音が近づいてくる。
「あ……やば」
さあっとライラの顔から血の気が引く。
そういえば、この特別室には私以外にもうひとり、入居者がいたんだっけ。
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