彼が共犯者となった身勝手な理由

「だ……大丈夫かな……」


 マリィお姉さまに引きずられて出ていく兄様を見送って、私はおろおろとつぶやいた。

 お姉さまはものすごい剣幕で怒っていた。あの調子で兄様のプロポーズを受け入れてくれるんだろうか。


「……大丈夫だろ」


 正座のままフランがため息をついた。


「即断らずに『話し合い』と言ってるんだ。脈がないわけじゃない。あとはアルヴィンがうまくやるんじゃないのか」

「そ、そうね……」


 今回はちょっとアレな方向に計画を進めてたけど、兄様は妹の私から見ても優秀な男の人だ。きっとマリィお姉さまを口説き落とすに違いない。

 あと、残された問題と言えば……フランと私のことだけだろう。

 私は彼を振り返った。


「兄様と共犯だった、ってことは……フランは、ハルバードに来てくれるのよね?」

「そのつもりだ」

「どうして?」


 尋ねると、フランは一瞬沈黙した。


「……端的に言うと、楽しかったから、だな」

「ハルバードが?」

「ああ」


 フランはじっと私を見る。


「王都にいたころは、常に影でいることを義務付けられていた。出来過ぎず、落ちこぼれず、そこそこの位置で姉の道具であり続ける。俺自身、それでいいと思っていた」


 彼は優秀な『弟』となるべく育てられた者だ。そのあり方に満足していてもおかしくない。


「しかし、ハルバードでお前の補佐に回ったことで立場が変わった」


 くつくつとフランは笑う。


「あの生活はさんざんだった。上司は11歳の子供がひとり。人材は足りないし、領内は大混乱、その上お前の側近はクセの強すぎる者ばかり。あの時俺は、生まれて初めて、持てる力の全てを使って働いたんだ」

「王立学園を主席で卒業しておいて、よく言う」

「ハルバードの惨状がそれ以上だった、ということだ。だが……その結果、南部が落ち着き復興していく姿を見るのは、嬉しかった」


 ふとフランが口元を緩める。

 滅多に見ない、優しい顔だ。


「再び領主となるお前の隣で働く生活は、きっと楽しい。だから、俺はアルヴィンの誘いに乗ったんだ」

「そ……そう、なんだ……」


 フランの告白を聞いて、私は動悸が激しくなるのを感じていた。かあっと顔が熱くなる。


 私の隣に彼がいてくれる。

 一緒にハルバードに来てくれる。

 誰に頼まれたのでもなく、自分の意志で。それが楽しいからって。


 何よりも嬉しい言葉だった。

 フランが隣にいてくれるなら、私は無敵だ。きっとハルバードを守っていける。


「ありがとう、フラン! 私、立派なハルバード侯爵になってみせるね!」

「ああ」

「兄様とは話がついてるし、人材も問題ない。あとは……そうだ、女侯爵として立つには配偶者がいるよね! フラン、都合の良さそうな相手っていないかな?」


 べしゃっ。


 私が問いかけると、フランはその場に崩れ落ちた。

 あれ? もしかして正座しっぱなしで、足がしびれた?

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