その計画には穴がある

 フランと一緒にハルバードの領主になる。

 そう決めた私は、新たな問題に直面していた。


 配偶者問題である。


 モーニングスター家しかり、ミセリコルデ家しかり、女性が爵位を継ぐことは認められている。しかし、いくつか条件がある。

 そのうちのひとつが、出自の確かな男性配偶者の存在だ。


 私がハルバード侯爵になるには、必ず誰か結婚相手を見つけなくちゃいけない。


 でも、現在の私は『モーニングスター家の嫡男にちょっかいかけた令嬢』である。その上、クレイモア家のシルヴァンとお見合いして振られた噂もある。仕事関連はともかく、恋愛関係の評判はさんざんだ。

 こんな残念令嬢のもとに婿入りしてくる男性など、貴族社会に存在するんだろうか。


「ハルバード家の親戚から見つけてくるとか……? でもそれじゃあ、命令で結婚させるようなものだしなあ……」


 ぶつぶつ言ってる私の隣で、フランが体を起こした。そのまま行儀悪く床にあぐらをかく。

 その眉間にはくっきりと皺が寄っていた。

 ついさっき、優しい笑顔でハルバードに来るって言ってたのに、なんでお前は不機嫌なんだよ!!

 未来の上司が困ってるんだから、相談に乗ってよ!


「王立学園で探すという手も……あ」


 そこまで考えて、自分の計画に巨大な穴が空いていることに気が付いた。

 同時に、さあっと血の気がひいていく。


 ダメだ。

 この計画は破綻する。

 私に侯爵は無理だ。


「ご、ごめん、フラン! やっぱりさっきの話はナシで!!!! 家を出てどこかでひとり暮らしする!」

「おい……?」

「無理、絶対無理ぃぃぃぃ!」

「おちつけ!」


 べしっ、と頭を叩かれた。

 レディの頭に何をする。


「お前の思考がおかしいのは前からだが、今度は何を思い付いた」

「そ……それは……そのう……」

「いいから話せ。姉上とアルヴィンが結婚すると決まった以上、俺とお前はすでに運命共同体なんだ。隠すとためにならんぞ」


 ぎろりと青い瞳で睨まれる。そこまで怒らなくてもいいじゃないの。


「わ、笑わないで聞いてよ? ほら、政略結婚って相手を条件で選ぶことになるじゃない? 感情は横に置いておいて」

「そうだな」

「でも、私の恋愛観って現代日本の女の子なんだよ。恋愛結婚が基本なんだよ。それなのに……条件で選んだ人と結婚して子供のできるようなこととか……キスとかできない。好きな人とじゃなきゃ、無理ぃぃ……!」


 顔から火が出るような想いで告げると、なぜかフランが頭を抱えていた。


「どうしてくれよう、このポンコツ娘……」


 絞り出すような低音ボイスが響いてくる。

 あの、ポンコツは自覚してるけどね?


 見捨てないで、お願い!!


「では、別の角度から考えよう」


 はあ、と息を吐き出してから、フランが新しい提案を出してきた。


「爵位の継承だとか、アルヴィンの思惑だとか、しがらみを全部横に置け。それから、お前がキスできる男を探してみろ」

「……私が、キス」

「まずお前が納得できる相手でなければ、意味がないんだろう? そこから考えるんだ」

「でもそんなことしたら兄様は……」

「あいつは自分のエゴだけで動いてるんだ。妹のお前がエゴで動いたところでお互い様だ」


 フランは私に向かって男の名前を挙げる。


「ジェイドは?」

「うーん、大事な従者だけど、キスしたい感じじゃないなあ」

「ディッツは?」

「父様と同世代はちょっと」

「ヴァンは?」

「クリスがいるじゃない」

「オリヴァー王子は?」

「死にたくないから嫌」

「ケヴィンは?」

「あの子、ゲイだし」

「……っ、そ、そうか。ダリオは?」

「借金持ちのおじさんは嫌」

「ルイスは?」

「会ったことないし」


「……俺は?」


 最後の問いを聞いた瞬間、私は息をのんだ。


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