長男が家を出る身勝手な理由

 ポンと肩に手を置かれて、私は顔を上げた。家を出るつもり、なんていったくせに、兄様はとても優しい顔で私を見ていた。なんでそんな顔をしてるの? まるで私のことが大事みたいじゃないの。


「俺は、お前が大好きだよ。もちろん、父様も母様も好きだ。ハルバードが嫌になったわけじゃない」

「だったらどうして……!」

「好きな人がいるんだ」

「え」


 予想外の理由が飛び出してきた。

 兄様に、好きな人?


「でもその人は婿を取らなくちゃいけない立場でね。代わりの後継ぎを用意しないと、結婚できそうにないんだ」

「それで……私をハルバード侯爵にするために、評判を上げようとしたわけ?」

「うん、そう」


 こくりと兄様は頷いた。

 兄様は優秀な後継ぎ長男だ。好きな人ができたからといって、ほいほい婿入りできる立場じゃない。だから代替案を用意したっていう理屈はわかる。わかるけど。


「な……何考えてるの! 私ひとりで後を継いでも、仕事が回せるわけないじゃん!」

「だから共犯者を用意した」


 兄様は一緒に正座させられてるフランを指す。

 つまり、フランと一緒にハルバードを継げと。


「たたたたた確かにそれならなんとかなるけどっ!」


 それは私の望んだ未来でもあるけどっ!

 そんなことあっていいの?

 嬉しいけど、状況が唐突すぎて頭がついていかないよ!!!


「ふうん、好きな人ねえ……素敵な話」


 いつの間にか、マリィお姉さまが兄様を見下ろしていた。

 その顔は笑顔なのに目が据わっていて怖い。


「でも、色々画策する前に、まずやるべきことがあるんじゃないの?」


 お姉さまは口元だけさらに笑みを深める。

 ぞっとするような笑顔。例えるなら、般若の笑顔だ。

 何故ここでマリィお姉さまがめちゃくちゃ怒ってるのか、意味がわからない。


「……そうですね」


 兄様は正座を崩すと、マリィお姉さまに跪いた。

 そしてお姉さまの手をとり、口づける。


「レディ・マリアンヌ・ミセリコルデ。私をあなたの伴侶にしてください」


 唐突なプロポーズに、私は唖然とした。

 え? そうなの?

 兄様の好きな人って、そういうこと?

 私はやっと、マリィお姉さまが怒っていた理由がわかった。

 そりゃー自分へのプロポーズ抜きで、周りを巻き込んで外堀埋められたら怒るよねえ。


 そういえば、マリィお姉さまは言ってたっけ。

 お姉さまは女性ながら宰相家を継ぐことが決まってる。結婚するなら『能力が高くて家柄がよくて次男坊以下で、前に出ず私のことを一番に支えてくれる可愛げのある男がいい』って。

 兄様はマリィお姉さまの理想そのものだ。

 ただし、侯爵家の跡取長男であることを除けば、だけど。


 婿に入れない、という条件を妹巻き込んで無理やり解決するとか、我が兄ながら無茶苦茶である。

 いや私に不満はないですけどね?

 少しは相談してくれてもよくないですか?!

 ここ数か月の私の苦悩を返せ!!!!


「ありがとう、とっても嬉しいわ。でも」


 マリィお姉さまは般若の笑顔のまま、兄様の襟首をつかんだ。


「答えを返す前に、ふたりきりでじっくりお話合いをしましょうか?」


 お姉さまは、そのままズカズカと部屋を出ていった。兄様も引きずられるようにして退場していく。

 後には、私と正座したままのフランが残された。



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