十年先の未来

 10年先のことを考えていないでしょう。

 マリィお姉さまにそう言われて、私は返す言葉がなかった。


 その指摘は正しい。

 正鵠ストレートど真ん中だ。


 天城小夜子としての人生は、15歳になったころには死期が見えていた。

 早々に大人になることを諦め、せめて残された日々だけでも楽しく過ごそうと、ゲームに没頭していた。


 この世界だって、数年もすれば厄災に襲われる。その時までに全てを整えていなければ、星ごと全部滅んでバッドエンドだ。

 だから私は、ひたすら目の前の問題に向かっていた。


 でも、リリアーナの人生はそれだけじゃない。


 まだ世界は滅んでいない。

 まだこの国は崩壊していない。

 厄災を退ける可能性はちゃんと残されている。


 災いを全て退けた先には、十年、二十年と続く『大人になった先』の人生が待っている。


 そんな当たり前のことを、私は一切考えていなかった。

 素敵な淑女になって幸せな人生を全うしたい、なんて口では言っていたけど、それはただ言葉を掲げていただけだ。

 小夜子が死んだ歳、この世界が滅びる予定の歳、18歳より先のことが何も見えてなかった。


 だから、無鉄砲に自分をエサにできたし、危険にも飛び込んでいけたのだ。

 その行動が長い人生にどんな影響をもたらすかなんて、これっぽっちも考えてなかったんだから。


「ダメダメじゃん、私……」


 私はため息とともにテーブルに沈み込んだ。

 自分の考えなしな行動が恥ずかしすぎて、頭が上げられない。


「リリィちゃんは、何かやりたいことはないの?」

「あー……いえ。……今は、特に」


 私はゆるゆると首を振った。

 18歳より先のビジョンそのものがなかったのだ。やりたいこと、と言われても世界救済以上のことが出てこない。


「じゃあこれは宿題にしましょう。特に期限は作らないから、何か見つけたら教えてね」

「はーい……」


 そう言ったところで、客間のドアがノックされた。

 マリィお姉さまが返事をすると、フランが入ってくる。


「あら、もうこんな時間なのね。教師役はフランに交代しましょ」

「ありがとうございました……」


 私は淑女の礼をすると、去っていくマリィお姉さまを見送った。


 実は、将来やりたいことが全くないわけじゃない。

 フランの顔を見た瞬間、思ったことがひとつだけある。


 それは、彼と過ごしたハルバードでの日々だ。


 領主代理の生活は、大変だったけど充実していた。あの暮らしを続けられたら、きっと楽しい人生になるだろう。

 でも、ハルバード侯爵を継ぐのは兄様だ。

 能力的な問題もある。私がまがりなりにも領主代理を名乗れたのは、フランが実務面で助けてくれたからだ。私ひとりきりではきっと何もできない。

 兄様が学園を卒業し、フランがミセリコルデに戻った今、私が願う未来をかなえる方法はない。


 私は、私ひとりで叶えられる人生を探さなくちゃいけないんだ。



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