チート聖女

「セシリアって、去年の事件でカトラスが保護した子よね?」

「ああ、ラインヘルト子爵家唯一の継承者だ」


 セシリアは1年前継母に売られ、カトラスの闇オークションの商品となった子爵令嬢だ。お忍びで参加していたアギト国第六王子にお買い上げされるところだったんだけど、その直前にダリオが会場をまるごと摘発。継母断罪後はカトラス家の保護下におかれることになった。


 そして、数年後の厄災に立ち向かう予定の聖女ヒロインでもある。


「どうしてセシリアが保冷箱の開発に?」

「あいつは優秀だからな」

「……?」


 状況がわからず、私は首をかしげた。

 ゲームの記憶通りなら、セシリアは継母の虐待のせいで無教養なド貧乏令嬢だ。

 魔法陣を書き換えたりするような知識はないはずなんだけど。


「なんだ、お前わかってて助けようとしてたんじゃなかったのか?」

「あ……あれは……! 自分と同じ貴族令嬢が売られてたから、かわいそうになっただけよ。あの子とは直接会ったこともないわ」

「ふうん?」


 もちろん、助けた理由は未来の救世主だからだけど、それを告白するわけにはいかない。


「それより、あの子が優秀だっていう理由を教えて」

「あいつはお前と一緒で来年王立学園入学だろ? だから相応の教養をつけさせるために、家庭教師をつけたんだ。そうしたら、あっという間に全教科をマスターしちまってな」

「家庭教師……」


 教師をつけたと聞いて納得した。

 ゲーム内の聖女はきちんと計画してパラメータ上げをすれば、入学一年目で学年トップに躍り出て、他学部の学位までとって主席卒業することができた。あのゲームは乙女ゲームであると同時に、聖女の世界救済シミュレーターだ。設定通りの才能が彼女に与えられているのだとすれば、現実世界においては正に成長チートの才能おばけである。

 今の彼女は、ゲーム開始の1年以上前から先取りして、勉強コマンドを実行している状態だ。突発イベントなどに邪魔されず、学習に集中していたのなら、急成長してもおかしくない。


「この魔法陣も、俺が開発しているのを横で見ているうちに、改善案を思い付いたそうだ」

「見ているだけで……? 本当に?」


 私自身もディッツから魔法を学んでいる身だ。保冷箱に使われている技術が、どれだけ高度かくらいはわかる。それを見ただけで理解し、改善までして見せた?

 成長チートにもほどがある。


「セシリアの才能は本物だ。女子部だけに通わせておくのはもったいない。王立学園に入学したら魔法科の授業も受けさせるつもりだ」

「婚約者のいない女子は、他学部の授業を受けようとしても断られるって聞いたけど?」

「カトラス侯爵家の力でちょっとな。俺直筆の推薦文を添えれば、魔法科も嫌とは言わないだろ。以前と違って、王妃の悪影響も少なくなってるようだし」


 学園の教師陣が恐れているのは、男あさり目的の『お行儀の悪い』令嬢の参入だ。カトラス侯爵家の後ろ盾のある優秀な学生であれば、断られることはないだろう。


「まあ……セシリアと弟のルイスを結婚させたらどうか、って話もあったんだがな」

「そ、そんな話があったの……?」

「ちょうど同い年だし、ルイスの婿入り先としても悪くない家だからな」


 予想外の縁談にぎょっとする。

 侯爵家次男を婿にとって子爵家を継ぐ。それは悪い話じゃない。

 むしろ、田舎貴族の娘にとって破格の縁談だ。

 カトラスにとしても、優秀な人材を親戚として囲うのはよくある話だ。


 しかし、セシリアは聖女。

 無理矢理政略結婚を強いれば、恋する乙女パワーが失われてしまう。


「結局その話は流れちまった。本人に『勉強できなくてもいいから、縁談は卒業まで待ってくれ』って頭を下げられたんじゃなあ。ルイス自身もさほど乗り気じゃなかったようだし」

「それでも頭さげたくらいで、よく侯爵家との縁談を断れたわね」

「俺だって親に死なれて継母に売られた子供に、婚姻を強いるほど鬼じゃねえよ」


 それを聞いて、私は心の中でこっそり安堵の息をついた。

 セシリアの恋のためとはいえ、またカトラスと悶着を起こすのは避けたかったから。


「お前も東の賢者から魔法を教わってるんだろ? 同じ魔法科の授業を受けるなら、気にかけてやってくれ」

「……私の婚約者問題が片付いたらね」


 侯爵直筆の推薦文をゲットできるのは私も同じだ。父様におねだりすればすぐに書いてもらえるだろう。でも、今の私は3人も婚約者がいる男の子に声をかける、困った令嬢だ。

 問題を全部片づけて、正式な婚約者を作らないと私の魔法科編入は無理な気がする……。




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