保冷庫
「お兄様とあなたが共同研究? どういうこと?」
「カトラス経済再生のテコ入れ案のひとつだ。王都を中心にバカ売れしてる魔力式瞬間湯沸かし器はもちろん知ってるだろ?」
「私が知らないわけないでしょ」
富と一緒に、侯爵令嬢は潔癖症というひどい風評被害をもたらした技術だ。忘れようにも忘れられない。
「あれは水に熱を加える術式だが、それを反転して熱を奪ったらどうだ、って話があってな」
ダリオは箱に手を伸ばすと、木箱の中に収まっている金属製の内箱を持ち上げた。底の部分には、見たことのない魔法陣が描かれている。
「箱を持って魔力を循環させれば、一定温度に保てる仕掛けだ。これは小箱サイズだが、断熱処理を施した馬車の荷台にこいつを使えば、大量の鮮魚を運ぶことができる」
「今まで発酵させるか、干物にするしかなかった海の魚が冷凍で流通するのね! すごいじゃない!」
海魚と川魚では味が全然違う。豊かな海の恵みが王都で味わえるのは大きな強みだ。
「まだ試験段階だがな」
「もう十分商売になると思うけど、何が問題なの?」
「コストだ。必要な時だけ魔力を加えればいい湯沸かし器と違って、こいつは常に冷やす必要がある。微力でも常に魔力循環させ続けなきゃいけねえんだ。ここにこの箱ひとつ持ってくるのだって、魔力もちが3交代制でずっと抱え続けてきたんだぜ」
「停電したら冷蔵庫がただの箱になるのと一緒かあ……」
「テイデン……?」
「んー、こっちの話。気にしないで」
この世界では便利な動力として魔力が使われている。でも、魔力は身近であると同時に、電気のようにひとつの場所に貯蔵することはできない。使うとなったら、必ず人間が操作する必要があるのだ。
「そんなに人件費がかかるのなら、このおみやげの売値って……」
「金貨で取引するレベルだな」
魚数匹に金貨。
とてもじゃないが、庶民には一生手の出ない金額だ。貴族でもおいそれと買うことはできないだろう。輸送できても高価すぎて売れないんじゃ商売にならない。
「国家の威信を示す王族の晩餐会でお披露目して、そこから貴族向けの高級品として徐々に広めていく計画だ」
「人員確保も課題よね。魔力が強いのに、ただひたすら保管庫にはりついて循環させるだけの仕事をしてくれる人材なんて、いるのかしら」
魔力持ちができる仕事はたくさんある。
ただ箱を持ってるだけのお仕事だなんて、私だったら1日で飽きる自信がある。
「そっちは福祉政策として募集をかけるつもりだ」
「福祉?」
予想外の単語が飛び出して、私は首をかしげた。
「騎士の中にもいるだろう。戦闘で足や腕をなくして、魔力はあるのに戦えなくなった奴とか、心の病気で動けなくなった奴とか。そのままじゃ露頭に迷うだけだが、魔力さえ提供できれば給金を払ってやれる」
「女子供の救済策にもなりそうね」
「女は一度体を売ると、なかなかマトモな職につけなくなるからな。その前に保管庫勤務で救済できれば、他の道も見つけてやれる」
「……おお、ダリオがまともな為政者っぽいことを言っている」
「まともな為政者なんだよ! これでも!」
ダリオが悲鳴のような声をあげた。
それでも私に借金してることは変わらないし。
「あれ? ここの術式変わってるわね」
冷却用の魔法陣を眺めていた私は、その一部に目をとめた。妙に簡略化されていて、効率がいい。誰かが書いた大きな術式を別の誰かが途中で書き換えたような印象だ。
「ああ、そこはセシリアが手を加えた所だな」
「……せしりあ?」
なんでそこで聖女ヒロインの名前が出てくるの?
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