そんな結婚は嫌だ

「なんだ、ダリオか」


 応接間のソファに客を見るなり、私はそう言ってしまった。

 燃えるような赤毛の濃いめイケメンは、嫌そうに顔を歪める。


「なんだとはご挨拶だな? 俺は侯爵様だぞ?」

「そして、私に多額の借金がある債務者よねー」

「確かにそうだけどな! 相変わらず可愛くねえガキだな」

「悪いわね。今ちょっと変な縁談が多くて、イライラしてたのよ」

「……お前に縁談ねえ。そういえば俺の側近にも、お前に求婚しろって言う奴がいたな」

「はぁ?!」


 何それ。

 絶対嫌なんだけど。


「カトラスの借金を整理したとき、ハルバード家ではなく、お前個人から金を借りる形にしただろ?」

「そういえばそうだったわね」


 家同士で金の貸し借りをしてしまえば、それは上下関係に発展してしまう。

 しかし、ハルバードはカトラスを救うつもりはあっても、その後家臣として従える気まではない。

 ハルバードとカトラスを対等の侯爵同士としておくために、あくまで私とダリオの個人的な取引としたのだ。

 個人の取引というには額が大きすぎるけど、それは横に置いておく。

 メンツ重視の貴族には建前が必要な時があるのだ。


「で、だ。その莫大な借金ごと、お前がカトラスに嫁に来たらどうなる?」

「……帳簿上は、借金がプラスマイナスゼロになるわね」

「カトラス財政は一瞬で超黒字に転換! 崖っぷちだったカトラス経済が再生してみんなハッピー、ってな」

「そんな貧乏くさい理由で嫁に行かないわよ?!」


 だいたい、私にメリットが一切ないんだけど?!


「だから即却下したさ。カトラスからお前に縁談が来ることは絶対にねえよ」

「借金を理由に12も年上のおじさんと結婚とか嫌すぎる……」


 ダリオが悪い奴じゃないのはわかってるけど、そんな結婚は嫌だ。


「俺だってお断りだ。気の強い女は好みだが、お前はそんなレベルじゃねえだろ。こんな爆弾一生抱えたかねえよ」

「失礼すぎない?!」


 借金の利子を吊り上げるぞ?!


「だから、そういうところが可愛くねえんだよ。ったく」


 ダリオはため息をつくと、自分の横に置いてあった箱をテーブルの上に載せた。木製の大きな箱で、分厚い本が2~3冊は入りそうなサイズだ。


「そういえば、何の用でうちに来たの? ヒマなの?」

「それを言う前に、お前が『なんだダリオか』とか言い出したんだろうが。まあ、仕事ついでのご機嫌うかがいってやつだ。こいつは土産」

「開けていい?」

「好きにしろ」


 早速箱を開けてみると、中からひんやりとした冷気があふれ出てきた。箱は二重構造になっていて、金属製の内箱の中には、霜をまとった魚が何匹も並んでいる。


「これ……海でとれるお魚よね? まさか、ここまで凍らせて持ってきたの?」


 ハーティア王都は大陸の内陸部に位置している。北に行っても南に行っても、海岸線にたどりつくには街道を何百キロと移動しなくてはならない。

 その間、魚を凍らせたままにする? 現代日本ならともかく、このファンタジー世界ではまず不可能なことのはずだ。


「手品の仕掛けは、この箱?」

「ああ。こいつはお前の兄貴と共同研究中の保冷庫だ」


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