最高のトロフィー

 王子様が登場したことで、お茶会の席はにわかに騒がしくなった。見ていると、王子を先頭に何人もの貴公子候補の少年たちがバラ園に入ってくる。


 うぉーい、子供同士の交流ってきいてたけど、王子様たちまで来るとは聞いてないぞー……って、抗議したところで無駄なんだろうなあ。

 多分これも王妃様の策略のひとつだったんだろう。

 私が少女たちに囲まれて困っているところに、王子様を投入して更にパニックに突き落とす作戦だったのかもしれない。私がコミュニティごと彼女たちを全拒否して落ち着いちゃったから、不発に終わったっぽいけど。


「王子様、ご機嫌うるわしゅう」

「おひさしぶりですわ、王子様!」


 作戦失敗を悟った少女たちの切り替えは早かった。私になんか構ってられない、とばかりに彼女たちは我さきにと王子様たちに向かっていく。王子は従者のヘルムートごと、少女たちに取り囲まれた。


 私が縁談を蹴って領地にひっこんだせいで、王子と悪役令嬢が婚約する展開は阻止された。その結果、王子様の婚約者の座はいまだに空席のままだ。


 王子は王妃様が用意した最高のトロフィーだ。

 彼の心を射止めた者が、この少女社交界の頂上に立つ。

 だから、女の子たちは全員王子様の関心を引こうと必死だ。


「すごい人気ねえ……」


 王子を囲む少女の群れを、私は新鮮な気持ちで眺めた。何度もゲームをプレイしたけど、王子の周りがこんなにカオスになっているのは初めて見た。

 ゲームの中では、悪役令嬢である私が『王子の婚約者は私よ!』と強く主張して、他の令嬢を排除して回っていたからだ。


 ゲームをしていた時は、『こんな我儘な令嬢につき纏われてかわいそうに』って思ってたけど、悪役令嬢がいなくなったらいなくなったで、今度は令嬢の大群につき纏われているらしい。どっちにいってもかわいそうな王子である。


「君は、あっちに行かなくてもいいの?」


 不意に横から声をかけられた。

 顔をあげると、見事な銀髪の少年がひとり立っている。


 砕けた雰囲気の少年だった。詰襟を開けたり、袖口を折り返したり、と礼服を少し着崩しているんだけど、その崩し方が絶妙でかっこいい。おしゃれに慣れてる高位貴族ならではの着こなしだ。


 王子と同様に、彼にも見覚えがあった。

 だから、私はにっこりと笑いかける。


「お気遣いありがとうございます、ケヴィン・モーニングスター様」


 北の名門モーニングスター侯爵家の末っ子長男、ケヴィンだ。

 もちろん彼も攻略対象で、トンデモ悲劇の運命を背負っている者のひとりだ。


「あれ? よく俺の名前がわかったね。君とは初対面だと思ったけど」

「私、クリス様とお友達なの。銀の髪と紫の瞳が同じだから、すぐわかったわ」


 ケヴィン、クリス、ヴァンの3人は、全員母親がモーニングスター家出身だ。

 その影響で3人とも髪と瞳の色が一緒なのである。

 モーニングスターの女傑の遺伝子つよい。


「ええ……友達? クレイモア伯の孫を取り合ったって聞いたけど……おっと」

「それは誤解よ。私はむしろ、ふたりの恋を応援してるの」

「彼には未練がないの? その上、王子様にも興味はないみたいだし」

「そうよ。ついでに言うと、王子の従者であるランス家の騎士候補、ヘルムート様にも興味はないわ」

「王子にも騎士にも惹かれないなんて珍しいね。君が興味を持つほどの男を探すのは大変そうだ」

「そうでもないわよ?」


 私はケヴィンにもう一度笑いかけた。


「私は……ケヴィン様、あなたに興味があるわ」


 そう言うと、彼は目をぱちぱちと瞬かせた。



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