少女たちの社交界

 王妃づきの侍女に案内された先は赤いバラが咲き乱れる庭園だった。

 お茶菓子とティーセットが用意されたテーブルが、庭園のあちこちにセッティングされている。集まっているお客は、王妃が言っていた通り、私と同世代かそれ以下の子供たちばかりだ。


 庭園の中に足を踏み入れると、女の子がふたり、先を争うように私の前にやってきた。


「初めまして、レディ・リリアーナ! 私はアイリス・メイフィールド。会えてうれしいわ!」

「私はゾフィー・オクタヴィアよ。初めまして、レディ・リリアーナ! 私のテーブルにいらっしゃらない? とびきりのお菓子があるの」

「ゾフィー、ずるいわ。リリアーナ様は私のテーブルにご招待するつもりだったのに」

「ダメよ、あなたのテーブルのお茶、変なにおいがするもの。侯爵令嬢に腐ったお茶を飲ませるわけにいかないわ」

「腐ってるのはあなたのテーブルのお菓子でしょ。ジャムがくすんで変な色してるんだもの」

「そう見えるのは、あなたの目が悪いからではなくって?」


 目の前で喧嘩を始めるご令嬢ふたりを見て、私は軽いめまいを覚えていた。


 うわあ、何これ。

 どういう状況?


 ふたりの少女には、見覚えがある。

 ゲームの中で悪役令嬢が引き連れていたとりまき、アイリス・メイフィールド伯爵令嬢と、ゾフィー・オクタヴィア伯爵令嬢だ。リリアーナの命令には常に「はい!」で答えるイエスマンであり、彼女の姑息な悪事の実行犯として、あの手この手で暗躍していた。


 王子様との婚約を断って領地に引きこもってたおかげで、彼女たちとは遭遇イベントすら起こしてなかったんだけど。何がどうなったら、こんなところで遭遇する羽目にになるんだろう。


 ちら、と彼女たちの背後、他の少女たちの様子をうかがってみる。


 少女たちはアイリスとゾフィーの喧嘩をニヤニヤと楽し気に眺めていた。真っ先に私に声をかけてきたから、現在の序列一位はこのふたりなんだろうけど……多分その地位は絶対じゃない。

 お互いがお互いの足を引っ張り合う、なんとも空気の悪い集まりだ。


 少女社交界って、こんな感じだったっけ? ゲームの中の彼女たちは、もっとまとまりがあったと記憶してるんだけど。

 えーと、何が違うんだろ……あ。


 その原因を思い出して、私は現状に納得した。

 ゲーム内で少女たちをまとめていたのは、王子の婚約者であり、王妃のお気に入りでもある、ボス猿悪役令嬢リリアーナだ。彼女は持ち前の美貌と家柄と気の強さで、全員をビシッとまとめていた。だから、良くも悪くも意思が統一されていたのだ。


 しかし、現実の私は王妃を避けて領地に引きこもっていた。


 自分抜きの王宮少女社交界で何があったのか、想像してみる。


 彼女たちは、みんなそれなりの教育を受けたそれなりの家の子たちだ。みんなそこそこに裕福で、そこそこにかわいくて、そこそこにお勉強ができる。

 でも、それだけだ。

『勇士七家の流れをくむ富豪の侯爵家令嬢』などという強烈な肩書を持つ子はいない。

 いわゆるモブキャラ属性な子ばっかりだ。


 能力も家柄も大差ない少女たちが、王妃様の指導のもと権力争いの真似事をした結果、全員がリーダーを目指して争い合う群雄割拠状態になったんじゃないかな。

 みんな見た目はかわいいのに、ひどい蟲毒の壺もあったもんだ。


 今日のお茶会では、新参者の侯爵令嬢を味方に引き込んだ子が勝者なんだろう。


「リリアーナ様、わたくしゾフィーのテーブルにいらしてくださいな」

「もちろん、アイリスのテーブルに、いらしてくださいますわよね?」


 ふたりはにっこり笑う。

 あんたたちふたり、絶対何かたくらんでるだろ。

 悪役令嬢リリアーナに悪事を命じられたときと同じ、悪い笑い方してるぞー。

 だから、私はにっこり笑って返事をした。


「どっちも嫌」


 お前らの思惑になんか、つきあってられっか。



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