だって嫁いできた姫が国を滅ぼす気満々だとは思わないじゃん

 翌日、王妃の招待を拒否することができなかった私は、王宮に向かって馬車を走らせた。

 着ているのは、これからの社交でお披露目しようと思っていた一張羅のドレスだ。

 いやまあ、これも社交と言えば社交なんだけどね?

 何故デビュー戦が裏ボスとの孤立無援デスマッチなのか。


「馬車が永遠に王宮につかなきゃいいのに……」


 はあ、と重いため息がどうしても口からついて出る。


「ご主人様、王妃様とはそこまで恐れるような方なんですか?」

「王様たちって、国を導く立場の人……なんだよね?」


 顔をあげると、フィーアとジェイドが怪訝そうな顔で私を見ていた。

 そういえばこのふたりは、ずっと私と一緒にハルバードで過ごしていたんだっけ。王宮のドロドロとした権力関係にうといのは当然の話だ。

 これから王都で暮らしていく上で、彼らも王妃様のことは知っていたほうがいいだろう。私はゲーム知識を交えて、王妃様の立場を説明する。


「これは表立って言っちゃいけないことなんだけどね、王妃様はハーティア国を滅ぼしてしまいたいのよ」

「ええ……? どういうこと?」


 為政者のトップのひとりが国をつぶそうとしている、と聞いてジェイドの顔がひきつる。


「彼女は元々、西の隣国キラウェアのお姫様だったの。東のアギト国ほどじゃなかったけど、キラウェアとの関係もそこそこ悪くてねー……長い小競り合いの末に、三十年くらい前にやっと和平が結ばれたの。その友好関係強化のために二十二年前に嫁いできたのが彼女」

「外国の方だったんですね」


 ふむふむ、とフィーアが肯く。


「でも、この婚姻は完全な失策だったわ。だって彼女は王妃として国を食い破るために送り込まれた刺客だったんだから」

「キラウェアって、和平が結ばれてるん、だよね?」

「表では和平を謳っておきながら、裏で侵略の準備を進めている、なんてことは結構ある話よ」

「国同士の約束を額面通りに受け取ってたら、だいたいバカを見ますからね」


 うちのメイドは相変わらずシビアだ。


「といっても、彼女が表立ってハーティアに逆らったことはないわ。彼女が意見を言うときはいつも、国のために、人のために、と必ず前置きする。提案自体も良いことのように見えるし。でも、彼女の提案を実行すると必ず良くないことが起きるの」


 母様の白百合の称号しかり、ハイカロリースイーツお見舞いしかり、ゲーム内の私の婚約話しかり、表面上のスジを通しておきながら、悪意を振りまくのだからタチが悪い。


「そんなに面倒な方なら、排除してしまえばいいんじゃないですか? 王宮には王妃以外の派閥もあるんですよね」

「フランのお父様をはじめとした宰相派ね。でも、そうもいかない事情があるのよ」

「事情?」


 フィーアはきょとんとした顔で首をかしげる。


「王妃様は外国人なの。それも友好関係強化のために嫁いできたお姫様。たいして悪いこともしていない彼女を無理に排除しようとしたら、『うちの国の姫をないがしろにする気か』ってキラウェア国が怒鳴り込んできて国際問題になるのよ」


 ハーティアに攻め込む機会を虎視眈々と狙っているキラウェアは、嬉々として戦争をしかけてくるだろう。こうして、彼女に従うも地獄、逆らうも地獄の最高に扱いづらい王妃様が誕生してしまったのである。


「夫である国王がしっかりしていれば、もうちょっと話は違ってきたのかもしれないけどねえ……」

「し、しっかりしてないの? 王様なのに?」

「今その席に座っているのは、何を提案しても肯定する『置物国王』よ。邪魔をしない代わりに何の歯止めにもなってくれないわ。血統主義の弊害ね」


 誰も自分にはうかつに手出しできない、と確信した王妃はじわじわ勢力を拡大し、裏側からこの国を腐らせていった。国力が低下する政策は全部賛成。不満がたまって内乱でも起きればなおいい。彼女は一刻も早くハーティアを滅ぼして、祖国に帰りたいのだから。


 ガタン、と音がして馬車が止まった。

 話し込んでいるうちに、王宮内に到着したようだ。ここからは、歩いて移動することになる。

 エスコートの準備をするために、従者であるジェイドが先に降りていった。


「うだうだしてもしょうがない、か」


 敵は王宮に巣食う、しっぽが9本くらいありそうな女狐だ。しかし、彼女は表立って誰かを攻撃することはない。ぼろさえ出さなければ、切り抜けられる可能性がある。


 私は深呼吸してから、座席から立ち上がる。


 馬車から降りようとした私に手を差し出してきたのは、ジェイドじゃなかった。


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