負けてなんかやらない

 私に手を差し出してくれたのは、フランだった。


 彼は普段のシンプルな服とは全く違う、正式な騎士の礼服を着ていた。腰には儀礼用の剣までさしている。落ち着いた色の礼服は一見地味な印象を受ける。しかし施された細かな装飾は、間違いなく超一流の職人の手によるものだ。上品な装飾品はそれぞれが調和し、彼本来の精悍な美しさを引き立てていた。しかも、髪を整えたおかげで露になった泣きボクロが、大人の色気をマシマシにしてるし!

 何これこんな最高に綺麗でかっこいいスチルとか存在したっけ?

 誰か、この光景を永久保存できる記憶媒体プリーズ!!


 ……ではなくて!!!


「フラン? どうしてここに……」

「賢者殿から手紙をもらった。お前がお茶会の準備でパニックになっているのを、見かねたらしい」

「あ……」


 ディッツ、ファインプレーをありがとう!

 さすが、歳を重ねた大人なだけあるね……ってちょっと待った!


「で、でもっ! 招待状には、ハルバード家の者だけで来い、って指定されてて……」


 絶対あの指定は罠だ。外部に助けを求めたら最後、何をされるかわかったものじゃない。

 そう言うと、フランはふっと口元を緩めた


「その程度の難癖、あしらえないように見えるか?」

「……見えない」


 腹黒魔王が駆け付けた時点で、言い訳を用意してないわけないか。


「さっさと手をとれ。エスコートしてやるから」


 ほら、ともう一度差し出された手を取って、私は馬車から降りた。

 フランは自然な仕草で、私の左手を自分の右腕に回させる。


「緊急事態が起きたなら、すぐに声をかけろ」

「いやでも……これは運命改変とかの話じゃないし」

「関係ない」


 フランはあいた手を私の左手に重ねた。


「理由が何でも気にするな。困った時は、俺を頼っていい」


 重ねられた手が温かい。

 さっきまで緊張でガチガチになっていた体が、一気にほどけていく。


 彼がいる。

 この優しい青年が私の味方になってくれる。

 困ったときは絶対に手を差し伸べてくれる。

 彼のくれた約束ほど頼もしいことはない。


 そう思うと、全身に熱い血が巡る。


「よし、元気出た!」


 私は顔を上げた。

 隣にフランがいるなら大丈夫。


 前を向いたら、自然に笑みがこぼれた。


 後ろを振り向くと、ジェイドとフィーアがいつものように控えていた。

 フランだけじゃない、私の周りには味方が沢山いる。


 従者に、メイドに、機転のきく魔法使い。

 今は引き離されているけど、父様も母様も、兄様だっている。


 私はひとりじゃない。

 どんな罠だって、ひとりぼっちで戦うわけじゃない。


 王妃様の悪意になんか、負けてやらない。


 私はフランに手を引かれて、王宮内へと足を踏み入れた。



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