公言できない価値観

「あー疲れた……」


 私は馬車の座席にぐったりと倒れこんだ。

 ハルバード城の門から、郊外へ。城下町を通り過ぎる間、ずーっと見送りの領民に向けて手を振って笑顔を振りまいていたから、めちゃくちゃ腕が疲れた。あと、キレイな姿勢キープのせいで腹筋と背筋も痛い、というか全身痛い。


「よくがんばったな。水分を補給するか?」


 向かいに座るフランが、冷えた果実水を差し出してくれた。喉もカラカラだったから、助かる。カップを受け取ると、思わず一気に飲み干してしまった。


「まさか、あんなに人が来るとは思わなかったわ」

「領民から慕われている証拠だ」

「そこがよくわかんないんだけど……領主の娘って言っても、私はまだ14歳の子供だよ。普通こんなに持ち上げる?」

「お前は統治姿勢は、ひどく慈悲深いからな」

「慈悲? どこが?」

「お前は騎士も庶民も使用人も、同じヒトとして扱うだろう。そんな風に全員を尊重しようとする領主は滅多にいない」

「いやそんなの当たり前……」


 断言しようとしたら、フランがあきれ顔で私を見ていた。


「あれ? 違うの?」

「少なくとも、俺の常識からは外れているな」

「……マジか」


 ファンタジー世界で令嬢暮らしを始めて4年。まだこんなところにギャップがあったとは。

 この不思議な世界にもなじんできたかなーと思ってたから、ちょっとショックだ。


 人は生まれながらにして、ひとりの人間として尊重される権利を持つ。

 それは現代日本人が当たり前に教えられる人権意識だ。

 しかし、階級制度が明確に人を分けるこの世界では、異質な思想らしい。そういえば、貴族の中では比較的部下や領民を大事にする兄様やフランでも、時々ナチュラルに庶民をモノ扱いする時があるもんね。


「多分、おかしいのは私の方よね? 身分制度のある世界なんだし」

「ああ」

「でもどうしよう……この考えを変えるのは難しい気がする……。お仕事してくれる人には、フルオート感謝するクセがついちゃってるんだもん」


 その原因の多くはリリアーナの前世、天城小夜子の記憶だ。

 彼女は生まれた時から、とても病弱な子だった。

 現代医学の助けがなければ、1歳の誕生日を迎えることすらできなかっただろう。

 入退院を繰り返す彼女の命を支えていたのは、医者や看護師たちの高度な技術と献身だ。


 自分の命はみんなに支えらえれて成り立っている。

 そう思うと、自然に敬意を払ってしまうのだ。


「無理に改める必要はない。慕われる、ということはそれだけの価値ある思想なのだろう」


 私をなだめるように、フランの大きな手が頭をなでてくれた。


「支配階級の人間が『人は皆平等』などと公言したらまずいが、さすがにそこまではやらないだろう?」


 こくこく、と私は頷いた。

 私の立場でそんなこと言ったら、革命が起きかねない、ってことくらいはわかる。


「民の声に耳を傾ける為政者、くらいのスタンスならいいんじゃないか」

「ありがと。そう言ってもらえてほっとしたわ」


 ほっと息を吐いた瞬間、馬車のドアがノックされた。

 返事をすると、ジェイドが窓から顔を覗かせる。


「お嬢様、申し訳ありません。もうすぐ次の街に到着するのですが……」

「何かあったの?」

「その……領民が揃ってお嬢様をお出迎えしていて……」

「おおう」


 そういえば、領民は城下町以外にも住んでるね!!


「わかった。ちょっと休憩したら挨拶に出るわ」

「……お気をつけて」


 私は、うーんと延びをする。

 しょうがない、これも領主代理の最後の仕事として、頑張りますか。


「でも、私がこんなに人気を集めてていいのかな? これから領主になる兄様が困ったりしないかしら」

「……あいつなら、なんとかするだろう」


 私の疑問に、フランは困ったように微笑むだけだった。





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