悪役令嬢の旅立ち
「お嬢様、お気を付けて」
そう言って、侍女長は私の手をぎゅっと握った。彼女の目は今にも泣きそうに潤んでいる。
彼女の周りを見ると、見送りに集まってきた騎士も使用人も侍女もメイドも、みんな同じような顔で目をウルウルさせていた。
「お、大げさよ……!」
なんだよー、いつもてきぱき仕事している、みんならしくないぞー!
特に侍女長!
普段のキャリアウーマンっぽいキリッとした雰囲気はどこにやったの?
「でも……お嬢様がハルバードを離れるかと思うと……!」
「王立学園に進学するだけだってば」
カトラスでの事件が収束して一年あまり。そして、兄様が無事王立学園を卒業してから一か月が経過して、私は14歳になっていた。
今度は私が王立学園で勉強する番だ。
「入学には、まだ1年もあるじゃないですか。もっとハルバードでお過ごしになっても……」
「もう1年しかないの。入学準備を進めないと」
王立学園に入学できるのは15歳になってからだ。
だから、本来こんなに慌てて王都に向かう必要はない。他の入学予定者も、地方から王都に向かうのはもっと後だ。しかし、私にはのんびりしていられない事情がある。
私の隣に立つフランも、少し困った顔で彼女たちをなだめた。
「リリィはほとんど王都に出たことがないからな。あちらとハルバードでは生活の仕方が全く違う。いきなり学園で寮生活をする前に、侯爵邸で王都に慣れさせたほうがいい」
この3年間、ずーっと領地にひきこもってばっかりだったからねえ。
社交的な行事に関しては、10歳でお茶会デビュー失敗してから、一切参加してないし。
侯爵家の娘が、全くの世間知らず状態で王立学園に飛び込むなんて、危険すぎる。
王立学園入学を待っていたら、防げない悲劇もあるしね。
「うう……こんなにかわいらしいお嬢様が、学園に入ったりしたら、すぐに貴公子たちの目にとまって、求婚されるに違いありません……!」
「お、お嬢様が……お嫁に……!!」
うううう、とついに侍女長たちが泣き始めてしまった。
しかも、ひとりやふたりじゃない。
感情を抑える訓練をしているはずの騎士まで巻き込んでの大号泣だ。
「ちょ、ちょっと! 話が飛躍しすぎだから!」
慌てて声をかけるけど、彼女たちの涙は止まらない。
「フラン、いつもみたいに『コレを嫁にもらう猛者がそうそういるわけないだろう』とか、つっこんでよ! 収集つかないでしょ」
「まあ、可能性がないわけでは、ないしな……」
なんだその歯切れの悪いセリフ。
ズバっと切り捨てなさいよ、もー!
「とにかく、今生の別れってわけじゃないんだから、みんな泣き止んで! 休暇とか、都合がついたら、また戻ってくるから!」
侍女長たちにつきあっていたら、きりがない。
私はみんなにハグすると馬車に乗り込んだ。さすがに、物理的な距離ができたら彼女たちも落ち着くはず!
しかし、私はなかなかハルバードを出ることができなかった。
まさか城下町に住む領民たちが街道に押し寄せて、こぞって私を見送ってくれるとか、思わないじゃん!!
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